第72話 新しい住人?


 しばらくこっちに来れないのなら、始めからルククを里に住まわせてしまえばいい。


 それならいつでも話が出来るし、俺の都合も気にしなくていいので、ミルミがいい考えだと閃いた気持ちもわかるが。


「――却下」


「え? なんで? 私天才だと思ったのに……ルククさんだって、どうせ暇でしょ? 私たちの制服のデザインとか試作品づくりとか、真っ先に仕上げちゃうぐらいだし」


「はぐっ……!」


 ルククがダメージを受けている。


 一応、ルククにも亡き師匠の住処を守っていくとか、師匠がやり残していた研究の続きをやらなければ、という建前はあるのだろうが、そもそもルククは、本人も白状する通り魔法の才能がからっきしだから、茨の魔女レベルがやっていた研究となると、あまりうまくいっているとも思えない。


 部屋の散らかり具合から見ると、彼女なりに頑張っているのは伝わるが。


「そ、そうだよミルミちゃん。もしルククさんが里に来ることになったとしても、住むところとかないし」


 それもある。住む場所がないのなら作ればいいのだが、かといってすぐに作れるわけでもない。


 一時的にどこかに居候させるぐらいなら出来るかもしれないが。


「そんなの、先生の家にでも泊まらせればいいじゃない。あそこなら、まだスペースいっぱいあるでしょ?」


「「ぶっ……!」」


 俺とルククが、一息つこうと飲んだお茶を噴き出したのは同時だった。


「え、ええっ!? ……そ、そんな、そんなの……」


 アリサが俺とルククの顔を交互に見て、顔を赤くしている。


 実年齢で言うと俺とルククは200歳ぐらい離れてしまっているが、長命であるエルフなので、当然、外見はとても若い。並ぶと同い年ぐらいに見える。


 そんなわけで、もし一時的であったとしても、特に恋人でもない男女が一つ屋根の下で共同生活をするというのはまずいんじゃないか、とアリサは考えているのだろう。


 俺ももちろんそう思っている。


「ダメかな? 先生もルククさんもどうせ恋人なんていないんだし、それに、先生はともかく、ルククさんなんてこのままじゃ出会いなんてほぼ期待できないから」


「ぐべっ……!?」


「……ミルミ、もうその辺にしておくように」


 そろそろルククのHPが危ない気がする。


「それとも、二人ともお互いのこと嫌い? 先生とルククさん、傍から見てると結構お似合いだと思うんだよね」


「え、お似合いって、そうですかね……? カ、カオル先生はどう思います、か?」


「……俺に訊かれても困る」


 ライルを勝手に持ち去った件など、最初の出会いではあまりいい印象ではなかったものの、こうした依頼で付き合ってみると意外に憎めない性格をしているし、知り合いとして話す分には問題ないが、恋人として見れるかというとまた別の話。


「というかミルミ、どうしてそんなに俺とルククをくっつけようとこだわるんだ? 制服作るだけで、そこまでしなくてもいいだろ?」


「ああ、先生に恋人を作って欲しいって思ってるのは私じゃなくて里長様かな。里に奥さんとか子供がいれば、先生がふらっといなくなっちゃう可能性が低くなるからって。私はそれに協力してるだけ。ルククさんが来てくれれば、話し相手が増えて私も嬉しいってのはあるけど」


「……なるほど」


 俺はしばらくここから離れるつもりはないが、里長様の立場からすると、俺がいなくなる可能性の芽をできるだけ摘んでおきたいのだろう。


 パートナー……いるに越したことはないが。


「……まあ、何にせよ、移住とかの話はすぐには決められないよ。予定のほうは、また近いうちにこっちに来れるよう調整するから、それで我慢してくれ」


「は~い」


 子供たちのほうをなんとか説得して、今日のところはお開きに。男子組の制服デザインは決まったので、あとは俺のほうで子供たちの採寸をするだけだ。女子組のほうも採寸は終わっているので、次あたりには完成まで持っていけるかもしれない。


「すまない、ルクク。子供たちが色々失礼なことを」


「本当ですよ。……とは言いつつ、そういうのもまた楽しかったりするんですけどね。私はずっと師匠と二人きりでしたし、師匠が死んじゃってからは一人ぼっちでしたから」


 待たされ過ぎてご機嫌斜めのバイモンの頭を撫でるミルミとアリサの二人を、ルククは愛おしそうに見つめている。


 彼女はずっとあの茨の塔で長い間一人で過ごしていた。感情の波も何もない、ただ時が平凡に過ぎていく毎日。


 だからこそ、寂しい思いをしてきた彼女にとっては、凹むことすら尊いことだと考えているのかもしれない。


「だからその……カオル先生、一度は悪いことをした私にここまで優しくしてくれて、本当にありがとうございます。先生のおかげで、こうして大好きな子供たちとも話すことができて、私、毎日が楽しいです。こんなこと、もしかしたら生まれて初めてかも」


 えへへ、とルククは恥ずかしそうに頭をかいて微笑む。


 ルククは200歳を超えているはずだが、それでも、今の彼女はまるで少女のように純粋に見えた。

 

「あの、カオル先生、もし……もしですよ? 私が、その……ここから出て里に住みたいって言いだしたら、どうしますか?」


「……もしかしてルククは里に住みたいのか?」


「あ、いえいえ、私はここの管理をしなきゃなので……あくまで仮定の話ですよ、仮定の」


 それだとミルミの提案が満更でもないって自分から言っているような。まあ、いったん人との繋がりやぬくもりの心地よさを知ると、一人になった時の寂しさが際立ってしまうこともあるからな。


「希望するなら何とかするよ。里は大人の人手が不足しているから、ルククならいい助けになってくれるだろうし」


 ルククは魔法ができなくても勉強はできるので、魔法以外の勉強を教える先生ぐらいにはなってくれるだろう。まだ幼いビルフォードたちのことを任せてもよさそうだ。


 住む場所は……まあ、新居が出来るまでは俺の家でもいいだろう。同居に関しては俺が気を付ければいいだけの話だし、塔の管理をするにしても、茨の防御は健在なわけで、一週間に一度ぐらいのペースで掃除に行けば済む。


「そ、そうですか、そうなんですね。ふ、ふ~ん……? この私を里の皆さんは必要としている、と。へへ、そっか、そうなんですか~、いや~、魔女の弟子はつらいな~」


「いや、そこまでは言ってな――」


「またまた~! そんなこと言って、本当は私のことが喉から手が出るぐらいに欲しいくせに~。まったくもう、カオル先生ったらツンデレなんですから――あっ、痛い! どうしていきなり無言で叩くんですか?」


「調子に乗るな。……じゃあ、俺たちもう帰るから」


「あ、ちょっ……ま、待ってくださいよ~!」


 ちょっと心配して損したが、お願いすればやってくれそうなので、新たな住人・先生候補の一人として考えておこう。

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