第70話 エルフの里からの依頼


 新たに俺の元で学ばせたいという依頼のあった子供の名前はルルード。話があった時点で予想はしていたが、種族はハイエルフ。エルネルさんの奥さんの、そのご兄弟の結婚相手の、そのまた兄弟の子供――まあ、遠い親戚の子でいいか。


 もちろん、先方がそれでいいというのなら、俺が拒む理由はない。人間だろうが、妖精だろうが、獣人だろうが、魔族だろうが、学びたいという意思があるなら責任をもって教える。それが俺のスタンスだ。


「――しかし、どうしてエルネルさんは俺なんかに依頼してきたんでしょう? 学校だったら、エルフの国にだってあるでしょうし、環境だってそっちのほうがいいでしょうに」


「それは私も弟に訊きました。カオル先生のもとで学ばせるということは、親元から離れるということですから。なぜそこまでやるのか、と」


 それは当然、俺も思ったことだ。訊くと、ルルードの年齢はまだ10歳。そのぐらいの年齢であれば、どう考えても両親と一緒に住んだほうがいいはず。


 やむを得ない事情がない限りは、だが。


「今回はカオル先生が生徒を受け入れる意思があるかどうかですので、細かい事情に関しては、エルネルが今度子供を連れてくる時までに確認するそうです。あちらの希望としては、一度ルルードと先生を顔合わせさせたいそうなのですが」


「こちらの都合に合わせてくれるというのであれば……まあ、会うのは構いませんが」


 それに、受け入れるかどうかはルルード本人やそのご両親と話してみてからでも遅くない。うちの子供たちと仲良くやれそうかどうかも見ておきたいし。


 ということで、数日後に、ルルードとの顔合わせもかねて、子供たちの勉強に交じってもらうことに。体験入学という形だ。


 子供たちには話してもいいと里長様から許可をもらったので、話が終わった後すぐにそのことを伝えると、


「おお、ついにこの俺にも後輩が」


「純血の子か……仲良くできればいいな」


「面倒なら俺たち三人で見るよ。そういうの、孤児院で慣れてたから」


「慣れてたかな? マルスはやってなかったでしょ」


「そうね。ま、ここはお姉さんの私に任せておけば余裕よ」


 そんな感じで目をキラキラと輝かせていた。まあ、これは予想通りの反応なので、あとはこの先輩たちのことをルルードが受け入れてくれるかどうかだ。


 おそらくだが、この話、俺たち側によほど拒否するような問題がなければ、来年の春からルルードを新たな教え子として迎えることになると思う。


 そして、里の大人たちの協力が得られれば、さらに生徒の数を増やすことになるだろう。現在建築中の校舎についても、授業を受ける子供たち数の増加によって改築が必要な時に備えて設計されている。また、そのための空き地も開拓する予定だ。


 まあ、それについては10年、20年先を見据えた計画なので今すぐではないが、しかし、いずれ大きくしていくのであれば、そろそろ子供たちに用意してあげたいものが一つあって。


「あ、そうだ。アリサにミルミ、ちょっとこれから用事であるんだけど、お前たち二人にもついてきてもらっていいか?」


「あ、はい。もちろんお供します」


「先生の頼みならしょうがないけど……どこに行くつもり? まさか、お泊りとかじゃないわよね?」


「はは、まさか。ルククのところだよ。まあ、内容は行ってからのお楽しみかな」


「「??」」


 男子たち三人はお留守番。もちろん連れて行っても構わないのだが、依頼していた内容のことを考えると、どうせ退屈させてしまうだろうから。


 男子たち三人にはビルフォードたち後輩組の面倒を頼み、俺はアリサとミルミの二人とともに、走竜のバイモンに乗って螺子と茨の塔へ。


 お泊りじゃない、とは言ったものの、場合によっては時間がかかるかもしれないので、一応、里長様とアリサのご両親には、少し遅くなるかもということは伝えておいた。


 ぐんぐん飛ばすバイモンの脚力のおかげもあって、一時間とかからず目的地に到着した俺たちは、入口から中へ。どうせ部屋に引きこもっているので、ノックせずにどこでも勝手に入っていいですよ、とルククは言っていたが、女性の一人暮らしがそんなことでいいのだろうか。


 一応、部屋のほうはノックしておくか。


「おいルクク、いるか?」


「――ひゃわっ!?」


 ……やはり念のためやっておいて正解だったようだ。


「そ、その声はカオル先生……ちょ、ちょっと待ってくださいね。今、お部屋を片付けますから」


 ガタンガタンと、部屋の中からものすごい物音が。時折パリン、という何かが割れる音と小さな悲鳴が聞こえるが、助けにいったほうがいいだろうか。


「――ぜえ、ぜえ……あの、お待たせしました。散らかってますが、どうぞ」


「結局散らかってるのね……」


 ミルミがぼやいている。まあ、研究者の部屋なんてこんなものだし、座れるスペースがあるだけいいだろう。実は俺の家の寝室も、教材づくりのための資料などがそのまま床に転がっていたりする。


「すまない、突然押しかけてしまって。そろそろ依頼の品が出来たかと思って子供たちも連れてきたんだけど」


「! ああ、あれですね。いくつかデザインと、試作品も出来てますよ」


 そういって、うずたかく積まれた資料や備品の山から、ルククがとあるものを引き抜いた。


「! 先生もしかしてこれ――」


「ああ。学校なんだから、そろそろ皆にも必要と思ってな。制服のデザインを、ルククにお願いしていたんだ」


「へへ、ダークエルフのくせに魔法はからっきしですけど、お料理とお裁縫は得意なので! こういうことならお任せください!」


 床の上に広げられたのは、ルククがデザインをした俺や子供たちが着る用のローブと、それに子供たち用の制服の試作品。それと、その他の紙にスケッチされたデザイン案がいくつか。


「すごい……私たち用の制服だって。可愛いね、ミルミちゃん」


「そうね。……でも、もうちょっと改良の余地はありそうよ。ほら、ここの袖なんか……」


「ほう、なるほど……では、このように変更して、ボタンの素材や位置はこうして、袖の裏地を……」


 すぐに二人が食いつき、それにデザインをしたルククが乗っかって、話しが盛り上がっていく。


 もちろん俺は蚊帳の外なので、後は子供たちに任せて、俺は勉強に使えそうな資料でも探すことにしよう。

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