第66話 間章:魔法教師の憂鬱

※※


「はぁ~……もう、サイアク……」


 先輩教員とお客様が退室し、しんとなった教室で、私は一人ため息をついた。


 今回招いたハーフエルフの里からのお客さんと、そのお客さんが勉強を教えている子供たちには、絶対に失礼のないように対応すると決めていた。


 カオル先生――先日のスカウトは失敗してしまったが、実のところ私はまだ彼のことをあきらめてはいなかった。もちろん他の候補の人たちも探していたし、採用の面接を行っていたりもしたのだが、彼に較べると、どうしても物足りなく感じてしまう。


 彼の魔法使いとしての実力としても、教師としての指導能力にしても。


 彼が指導しているという五人の子供たち。実際にこの目で全員分の能力をチェックしたわけではないけれど、すでに第二属性の魔法を習得している子供や、基礎能力は劣っていても、女神の寵愛を受けた聖女体質の子だったりと才能に溢れた子たちばかり。


 田舎の街や辺境の土地の生まれだから、というのもあって、都会生まれの多いウチの生徒と較べればすれたところがなく純粋な子がほとんどなのだろう。


 あれぐらいの才能だと、ウチの学校の場合、わりとすぐに有頂天になってお山の大将気取りになる生徒たちも多いのだが……先生自体がすごい人だというのもあるだろうが。


 ライルビットを従魔にしているのもそうだが、その従魔が見ていた子供たちの小競り合いの記憶を投影しはじめたのには、さすがに驚いた。


 ――そんなことできるのは、ウチの学校でも片手で数えるほどしかいないし、だいたいは裁判所とか、国の騎士団に所属するような一握りのエリートだけなんですけどね……。


 まあ、そのおかげであの気に喰わないロメル先生クソオヤジにギャフンと言わせることができたわけだが。面倒な仕事を『これも経験だぞカミカンデ』なんて言いながら、結局は自分が楽したいがために押し付け、今日にいたっては、フェイ君を初めとした自分のクラスの生徒たちに変な入れ知恵をして、カオル先生や子供たちを陥れようとして。


「あの人、魔法使いとしては優秀なんだけど、変な風にプライドがねじ曲がってんのよね~……だからいつまでたっても結婚できないんだよ」


 本当、最悪だ。


 もし学校の設備を気に入ってくれたら、子供たちもろともカオル先生をこの学校に引っ張ってこようと画策して、そのために色々と学外でも便宜を図ったというのに……これで全て台無しになってしまったじゃないか。


「あの、エイナ先生……研究室になかなかお戻りにならなかったので、様子を見に伺ったのですが……お一人ですか?」


 私ががっくりと肩を落としていると、わずかに開いていた教室のドアから、私の研究室で助手をしてくれているハミエが顔をのぞかせた。


「ああ、ハミエ……うん、ちょっと色々あって、カオル先生たちに帰られちゃった」


 私には丁寧にお礼を言って帰っていったけど……内心ではものすごく怒っているはずだ。


 カオル先生がロメル先生に声を荒らげた瞬間、私はしばらく動くことができなかった。私もそれなりの人生経験は積んでいるから、いきなり怒鳴られるぐらいで冷静さを欠くことはないと思ったのだが。


「まあ、だからといって次の機会まで奪われたわけじゃないから……またチャンスを伺っていかないと」


「? あの――」


「ああ、こっちの話よ。ハミエはよく頑張ってくれたわ、ありがとうね。次も案内をお願いするかもしれないから、その時はよろしく。……ふふ、見てなさない。絶対にあの人を引き込んで、報酬の大幅増を勝ち取ってやるんだから」


「はあ……」


 カオル先生をスカウトするための戦略はこれからまた練り直すとして。


 もし成功しなかった場合は、どうしよう。


 そういえば、今回の魔法学校内部の施設見学は、自分たちの里にも似たようなものを作りたいからその参考として――カオル先生は言っていたが。


「もし私がカオル先生の学校に移籍するとしたら、先生はどのくらいお給料くれるのかな……?」


「え? せ、先生、ここを退職するつもりなんですか?」


「っ!? ああ、いやいや、しないしない。お給料は安いし、先輩教師はクソだし、仕事は忙しいしの三重苦だけど」


「……なんだか明日にでも教頭先生に退職願を叩きつけそうな感じですけど」


 まあ、学校を辞める辞めないは冗談だが、それも『今』そう思っているだけで、未来の私はそう考えていない可能性もある。


 もし先生の学校ができたら一度見学に行ってみよう……そう思う私だった。

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