第62話 ジン対ミルミ 3
ジンとミルミによる模擬戦は、その後も決着がつかないまま時間が過ぎていく。
得意属性の訓練がおろそか気味のため、ミルミの防御をはじくだけの魔法をまだ持っていないジンと、ジンの能力によって攻撃を先読みされるミルミ。どちらも決め手が欠けている状態で、ただただ体力だけ削られていく。
「ミルミ、お前、いい加減にしろよ!」
「……?」
「だから、さっきから言ってるだろ。こうやって攻撃するとかどうとか……お前、俺のことバカにしてんのか?」
ジンはこう言っているが、ミルミはハンカチで口元を隠してからは一言も発してない。何かを呟いているかもしれないが、口元は見えないので、読唇で推測することも無理だ。
ジンもそのへんは薄々気づいているとは思うのだが、まだきちんと認めきれていない感じか。戸惑っているように見える。
「もう、こいつってば……先生、ちょっと『待った』してもらっていい?」
「ああ。二人とも、攻撃やめ」
俺の合図でジンが魔力を引っ込めると、ミルミがジンのもとへずかずかと近寄っていった。
いい加減しびれを切らしたようだ。
「ジン!」
「な、なんだよ」
「私の顔、よく見て!」
「はあ? なんだよいきなりわけわかんないこと……」
「い、い、か、ら!」
胸倉をつかんで、そのままぐいっと顔を引き寄せる。
「・・・・・・・・・・」
何も言わずに、ミルミがジンの顔をじいっと見つめる。
もちろん、口はきっちりと真一文字に引き結ばれたまま。
至近距離だから、こうされれば嫌でもミルミが喋っていないことはわかるはずだ。
「なあジン、ミルミはなんて言ってる?」
「――このバカ、いい加減認めろ」
「だそうだけど、ミルミ、どうだ?」
「正解です。ってことで、ジン。ニブチンのアンタでももうわかったよね? 今日の喧嘩、誰が悪い?」
「……ああ、くそやっぱりかよ。途中からなんか変だと思ってたんだ」
頭をぐしゃぐしゃとかきながら、ジンは白状した。
「あいつらを殴った時点で、微妙におかしいとは思ってたんだ。確かに俺やアリサの悪口を言っているように俺の耳には聞こえたけど、でも、口の動きと合ってない気もしてて……なあ、先生、俺の耳どっかおかしいのかな?」
「まあ……かなり特殊な能力なのは間違いないよ。里長様、説明をお願いしてもいいですか?」
「ええ。ジン、こっちへ」
ジンをこちらのほうへ呼び寄せて、里長様を交えて能力について説明をする。
精霊の囁きは、『精霊の加護LV○○』をもつエルフ族にごく稀に発現する能力だ。エルフ族の言い伝えによれば、それぞれのエルフを加護してくれている微精霊のうち、特にいたずら好きの個体が、思考や行動の際に発生する微弱な魔力の波動をキャッチし、それを伝えてしまうとされている。
微精霊にとってみれば自分が守護しているエルフをできるだけ危機から遠ざけるべく行動をしているのだろうが、時と場合まったく関係ないので、善意や悪意もまとめてそっくりそのまま伝えてしまうのだ。
そして、この能力で一番厄介なのが、微精霊も誤った情報を伝えることがあるという点。
例えば今回の事件だと、もし学生側が『田舎者が、邪魔なんだよ!』と思ったとしても、微精霊側が間違った解釈をして『この半端ものが、死んでしまえ!』などと悪意を誇張して伝えてしまう可能性があり、それはLVが低いほど起こりえるのだ。
「もちろん、種族によって偏見や差別をするのはダメだから、そういう言動や行動を縛るのは仕方ない。でも、だからと言って心にまで制限をかけるのはダメだと俺は思う」
言葉と心を全部拾ってしまう今のジンにそれを要求するのはとても辛いことだが、出来るだけその苦痛を取り除くよう能力の訓練したり、心構えを教えてあげることはできる。
それが、先生としての俺の仕事だ。
「――ジン、明日、みんなと一緒に謝りに行こう。殴って目に見える怪我を負わせちゃったから、もしかしたらもっと嫌な思いをするかもしれないけど、その時は俺やミルミに頼ってもいいからさ」
「そういうこと。まあ、アンタが私の考えていることをいくら読もうが、そんなに気にしないけどね。アンタ、意気地なしだし、その上弱っちいし」
「は? 誰が意気地なしだよ」
「それは自分の胸に訊いてみれば? 相手の心読む前に、まず自分の心を知りなさい。そうじゃないと、アリサがかわいそうよ」
「む、むぅ……」
能力について他の三人に話すかはジン次第だが、俺の教え子なら教えても問題はないだろう。正直に話せばわかってくれる子ばかりだ。
エイナ先生に頼み込み、校内見学の際に、件の生徒たちへの謝罪と交流の場を設けてもらうようお願いする。
「一応、初級担当の主任には伝えておきますが……どうかな……」
「何か問題がありそうですか?」
「ええ、ちょっと……もしかしたら皆さんが気を悪くされるかも……」
まあ、昨日の今日なので、おそらくみんな仲良くしろといっても無理な話だろう。
俺だって、あの生徒たちに優しく接しろと言われて、はいそうですかとはならない。ジンも悪いが、こちらだってアリサが怪我をしたのだ。
相手の出方次第だが、もしあちらがその気なのであれば、こちらも受けて立つしかない。
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