異世界先生 ～転移教師、辺境の森で魔法学校始めます～

第61話 ジン対ミルミ ２

「よし、じゃあこのコインが地面に落ちた瞬間に開始な。あと、本気でやってもいいけど、危ないって思う前に『参った』すること、いいな？」

「ジン、だってよ？」

「それはこっちのセリフだっての」

「…………」

　ジンもそうだが、ミルミも何気に負けん気が強いから、俺が間に入って止めるまで戦ってそうだ。

「あの、カオル先生。横からで申し訳ないのですが、これを使ってはどうでしょう？」

「これは……」

　エイナさんから渡されたのは、小さなお皿のようなもの。材質はとても軽く、ちょうどアーチェリーの的のような模様が描かれている。

「魔法狙撃などの訓練に使われるものです。ある程度のダメージを与えると割れるようになっているので、これを割ったほうが勝ちという風にすれば、条件がはっきりしていいかと。時間も短縮できますし」

「なるほど、そうですね」

　それはいいアイデアだ。遠慮なく採用させてもらうことに。

　どれくらいの魔力で壊れるかは、込めた魔力量によって決まるとのことなので、初級魔法程度の威力でいいか。これならミルミでも砕くことができるし、現在の戦闘の技術なんかも見れる。

　ということで、二人の鳩尾付近にこれを装着し、改めて手合わせ開始である。

「よ～し、じゃあ、始めっ」

　持っていた金貨をピンと空に弾く。訓練場の魔石燈の光を反射させて、キラキラとした光を発しながら――

　キンッ。

「「――――」」

　地面に落ちた瞬間、二人が同時に動いた。

「……細かい狙いは、苦手なんだけどなっ！」

　まず先手をとったのはジン。自分の好きな闇魔法でなく、風属性の魔法だ。豆粒ほどの空気弾を一発撃ちだす技。威力はそれほど高くないが、なにせ空気のかたまりなので、肉眼では確認することが難しい。見ることもできるが、それは子供たちにはまだちょっと早い技術だ。

「ちゃんと狙えてますし、威力も十分ですけど――」

「ええ、まだ直線なので、的がわかっていれば対応はたやすいです」

「――んっ！」

　ミルミが気合を入れて左腕を振ると、パチンッ、という空気が弾ける音とともに、ジンの撃った魔法が破裂した。

「っ、おいおいミルミ、いつのまにそんなこと出来るようになったんだ？」

「先生との秘密特訓のおかげよ。アンタだって、闇魔法使えるようになったの、そのおかげでしょ」

　ミルミの降ろした女神の翼片は、ステータスを上げる効果もそうだが、『装備』という性質ももっているため、例えば先ほどミルミがやったように盾のように扱うこともできる。今は左腕一本だけだが、これから魔力量が上がっていけば、全身をガチガチに固めることもできる。

　ステータスを上げる魔法はジョルジュも使えるが、装備を呼び出すことができるのはミルミだけだ。将来的には回復や浄化の魔法も使いつつ、いざとなれば自ら戦場に出て戦うこともできるという――そう考えるとスペシャルな素質の持ち主だ。

　とりあえず、ジンはともかく、ミルミの体質はまだ絶対に秘密だ。

「――今度は私からっ」

　対するミルミは、里長様やジョルジュと一緒に訓練している通り、メインは体術や武器などを使って戦うスタイルだ。神聖魔法にも攻撃っぽい魔法はあるが、ほぼゾンビなどのアンデッド系の魔獣専用のもので、対人戦にはあまり向かない。

　ジンが次々に撃ちだす風の弾をはじき、時には躱したりして、ジンへとどんどん間合いを詰める。

「うん。ちゃんと私が教えたことができてますね。今のあの子は自信に満ち溢れている。先生のところに行くと夜中に伝えてきたときは何事かと思いましたが……」

「いえ、あの……普通に悩みを聞いてあげたのと、特訓しただけですから」

　里長様も変な勘繰りはやめていただきたい。

「ちっ……じゃあこれならどうだ」

　ミルミがどんどん間合いを詰めていくのに焦ったジンがたまらず闇の魔力を放出する。ジンが目標にしている暗黒波動（ダークブラスト）……の足元にもまだ及ばない基礎の闇波動で、まだ近距離にしか効果がないが、これならミルミごと的を巻き込んで攻撃することができる――。

　が、ミルミはそれを見ても決して慌てなかった。

「ああ、ゴメン。その魔法、私には効かないよ」

　そう言って、ミルミが左腕についていた羽を右手で取り外すと、そのまま闇波動に向かってそれを放り投げて。

　――パシュンッ！

「げ、マジかよ――」

「女神様（ママ）の翼だもん、闇魔法を撃ち消すぐらいわけないよ。……と言っても、私もこれで装備がはがれちゃうんだけどね」

　しかし、これでミルミは完全に自らの攻撃の間合いまで迫ることに成功した。

　ジンも対応に間に合っていないから、その隙をついたミルミの攻撃が、的を綺麗にとらえることだろう。

　……ジンの能力が発動しなければ。

「うおっ、あぶねっ！？」

　ジンが慌てるようフェイントを入れつつ、的へのガードを狙った一撃だったが、何かを察知したジンは、まるでミルミの攻撃を予測していたかのようにして、間一髪のところで受け止めて、なんとか的を守ることに成功した。

「！　なるほど、先生からちらっとは聞いてたけど……ジン、あんたよく的を守ったわね。褒めてあげる」

「は？　いやいや、『右でフェイント入れてから、ガードが開いたところに前蹴りで的を狙う』なんて自分で宣言するやつの攻撃なんて当たってたまるかよ」

「？　え――」

　いち早くエイナさんが異変に気付いた。

「あの、カオル先生……ミルミちゃん、そんなこと言いましたか？　私には聞こえませんでしたが」

「……いえ」

　どうやらきっちりと『囁き』が発動したらしい。

　効果範囲は、今のところ手や足が届く距離、というところか。それなら周りの声を拾うこともないだろうが、この能力が成長すれば、ある程度遠くからでも心の声を拾ってしまうかもしれない。

「あはは、ごめんねジン。途中まであまりにも上手くいきすぎて舞い上がってさ。……じゃあ、今度はわからないように、口を塞いでおくね」

　一度距離を取ったミルミが、ポケットから取り出したハンカチを口に巻いて、マスクのようにする。

　ジンなら、そろそろ自分の耳に起こった異変に気付いてくれるはずだ。