第60話 ジン対ミルミ 1

 

 子どもたちを寝かしつけたその日の夜、俺はとある場所に行くために宿を出た。


 さすがに王都だけあって、こんな時間でも外はまだ明るい。町中を照らす魔石燈や、人々の賑やかな声。大通りの魔走駆動もひっきりなしに動いており、中央を走るレールが淡い魔力光を発している。


「ふわあ……もう、先生ったらまたこんな時間に私を連れ出して……私っていつから先生の都合のいい女になったのやら……」


「ごめんな、ミルミ。でも、今回ばかりはお前が適任だったからさ」


「ふうん。まあ、ジンのことなんだろうけど、事情はちゃんと教えてくれるのよね?」


「ああ」


 ミルミには女神様を憑依させた一件ですでに色々とバレてしまっているので、隠してもしょうがない。


 橋でのもめごとでの証言の食い違いと、新たにジンに判明した能力、そして、今回ミルミを選んだ理由について。


 ジンが新たに発現した特殊能力『精霊の囁き』は、簡単に説明してしまえば、相手の考えていることを読み取ってしまう力だ。その対象は、自分ジンよりも平均ステータスが低い相手に対して。


 加護している女神を自らの体に降ろす聖女としての力に目覚めたミルミだったが、彼女の素のステータスはまだ低い。他の子供たちはジンとほぼ同じ、もしくは上のため、そうなると今回のジンの特訓パートナーは彼女しかいないことになる。


「また面倒そうな能力に目覚めちゃったのねアイツ……じゃあ、今回私はジンをボコっちゃえばいいわけね」


「そういうこと……っていうか、随分な自信だな」


「まあね。私だって日々勉強して大人になってますから。上手くいくかどうかはまだ半々ってところだけど」


 素ステのギャップは埋めつつ、ジンの能力の発動は妨げないよう考えていたが、この口ぶりだとその手間はいらなそうだ。ミルミも自分なりに頑張っているようで、先生としては大変うれしい。


 人込みではぐれないようミルミの手をしっかり握って、俺は人の最もにぎわう中央街を抜け、比較的静かな住宅街のほうへ。中央部から離れると段々治安が悪くなるそうだが、ここはまだ見回りの騎士が巡回しているので、夜中に出歩いても危険はない。


「えっと確かエイナ先生の案内だと……あ、」


「こんばんは、カオル先生」


 目的の場所へ着くと、入口付近でエイナ先生が待ってくれていた。


「思い切り生徒たちが動ける場所ってここで民営の野外訓練場を紹介しましたが、一応、監督として見届けさせていただきます」


「この度は本当に申し訳ありません。俺の監督不行き届きで、生徒の皆さんにご迷惑を」


「いえ、元はといえばそちらのアリサさんを突き飛ばした私どもにも非はありますから。この場でその話を蒸し返すのはナシにしておきましょう」


 今回の授業場所に選んだのは、エイナさんが紹介してくれた魔法の訓練場である。ここでは主に王都を拠点に活動する冒険者たちが訓練場所として利用するところらしいのだが、魔法学校の教職員は時間外でも特別に扱える権限があるらしく、今回、それに甘えさせてもらう形になった。


 もちろん、それと引き換えにエイナさんからの要求をいろいろとのむ形になったわけだが、その話はまた後日。


「ふ~ん、これが先生の……80点ぐらいってところか……」


 俺の陰に隠れたミルミがエイナさんを見ながらなにやらブツブツと呟いている。何を品定めしているのかは知らないが、その前に挨拶を。


「こんにちは、エイナ先生。カオル先生の都合のいい女三号のミルミです。12歳です」


「え? 三号……」


「すいません、コイツちょっと最近ませてて……気にしないでください」


 そういうこと言うとまた好感度が下がってしまうだろう。


 というか、三号の前に一号と二号は誰なのか問い詰めたい。はっきり言うが俺にそんな人がいるはず……神の書が何かの数値を更新しているが、それは今は気にしないことにした。


 貸し切り状態の訓練場に入り、エイナさんの案内で模擬戦のための準備を進める。


「ミルミ、武器のほうはどうする? 子供の用の杖とか、色々あるけど」


「魔法は疲れるから、今のところは拳闘ステゴロでいい。ママもそっちのほうが好きだっていってくれたし」


 ということで、ミルミはグローブだけ受け取ってローブを脱ぎ、動きやすい格好に。


 最近よく里長様のところに行っていたと思ったら、どうやらそっちの訓練もしていたらしい。ラーマ様との対話以来、ミルミがどんどんお転婆になっているような。まあ、元気なのはいいことだが。


「――すまない。他の子供たちをぐっすり寝かしつけるのに時間がかかってしまった」


「……先生、来たよ。って、ミルミもいるのかよ」


 と、ここで本日の主役であるジンが、里長様に連れられてやってきた。

 

 まだ何をやるかは知らせていないので、俺の隣にミルミがいることに驚いたようだ。


「先生、こっちは準備できた」


「わかった、頼む」


「うん。――お願い、女神様ママ……私に力を貸して」


 目を閉じて、ミルミが空へ向けてそう呟くと、その瞬間、どこからともなく現れた淡い光がミルミへと降り注いで、ミルミの左腕に、ごく小さな女神の翼の欠片を出現させた。


・ミルミ(憑依状態:女神の片翼の欠片(左)) ※装備による変更

体力10→60(10+50)

腕力10→60(10+50)


 この前の憑依は俺の魔力の補助ありだからできたことで、これが現在のミルミの力のみで出来る目いっぱいである。これをつけてもまだジンに分があるが、これなら十分渡り合えるはずだ。


 確認済みだが、装備によるステータス底上げは、能力の発動には関係ない。あくまで素のステータスの平均で判断される。


「あれ……今あの子なんか降ろしたような……もしかして……いや、まさかそんなこことは……」


 エイナさんには一応、ここでのことは他言無用でお願いしているが……質問攻めは覚悟しておこう。


「――よし、準備完了っと。さ、おいでよジン。先生に代わって今日は私がお仕置きしてやるから」


「先生、これは大人しく殴られたほうがいいのか?」


「いや、自由にしてくれていいぞ。そのためにこの場所を紹介してもらったんだからな」


「先生がそう言うなら……じゃあ、遠慮なく」


 すう、とジンが息を吸うと、体から黒い魔力を帯びた小さな旋風が現れた。


「あっちの子はなんか混ざってる……てことは第二属性……あの、カオル先生? 一応、聞きますけど、あの二人って、まだ11歳とか12歳なんですよね?」


「ええ、まあ。勉強熱心ですし、自慢の生徒たちですよ」


「はは……」


 エイナさんのリアクションはひとまず放っておいて、今は子供たちのことだ。


「ミルミが相手なら手加減してやらねえとと思ったけど……その心配はなさそうだな」


「当たり前でしょ。ちょっと魔法が出来るからって調子に乗ってるその鼻っ柱、私がぶち折ってあげる」


 二人はすでに戦う気満々といった状態。戦闘開始は俺の合図の後だ。


 さて、ジンはこの戦いで能力のことに自力で気付くことができるだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る