第58話 もめごと


「あなたたち、初級生ですね。校門の前で騒ぎとは、いったい何事ですか」


「げっ、上級生……授業中じゃないのかよ」


 真っ先にハミエさんが集団の中に割って入ると、制服姿の少年たちが気まずそうに後ずさった。


 初級生は1~3年まであるが、ジンたちと背丈が同じか少し大きいぐらいなので、おそらく一年生か二年生ということころか。


「初級1年のボラス=カーターです、先輩。騒がしくし、魔法学校の品位の損ねたことに関しては反省いたします」


 あの子がグループのリーダー格の男の子というところか。ジンたちと較べると、やはり言葉遣いや佇まないなどきちんとしている。


「ですが、先輩。僕たちは何もしていないのです。僕らはいつものように速やかに下校するつもりだったのですが……彼らの横を通りかかった瞬間、そこのハーフエルフの少年が突然激高し、僕らに殴りかかってきたのです」


「んだと……!」


「やめろ、ジン」


 すぐさま俺も追い付いて、ジンを制止する。見学には子供たちも参加させるつもりなので、ここでもめ事を大きくして、立ち入り禁止なんて措置になるのは避けたい。


「先生……だって、コイツらがアリサのこと……だからっ!」


「話は後でちゃんと聞いてやる。この子たちがお前やアリサに何を言ったのか、言ってないのかはわからないが、確実なのは、お前が暴力を振るって生徒を怪我させてしまったってことだ」


「うぐ……」


 もちろん俺はジンの言い分を全面的に信じるつもりだが、向こうが『なにもしていない』と主張している以上、話は平行線だ。当事者以外で一部始終をちゃんと見た、聞いた人もいないだろう。

 

 とにかく、まずは殴られてしまった子の治療だ。


「少しかすった程度か……よかった」


 ほんの少し目を離した隙にまさかこんなことになるとは。俺の責任だ。すぐにヒールをかけて、生徒の怪我をあっという間に治す。


「アリサも大丈夫か?」


「あ、はい。私はちょっと尻餅をついただけなので……つっ!」


「無理しなくていいから、見せて」


 どうやら尻餅をついたはずみで手首を捻ってしまったようだ。同じくヒールをかけて、携行していたペンを添え木がわりに固定する。こうしておけば明日にでも痛みはなくなるはずだ。


「ハミエさん、子供たちも長旅で疲れたようですし、案内はこの辺にしておきましょうか。もし何か用があれば宿にいますので、いつでも呼び出してくださって結構です」


「わかりました。一応私も生徒たちに事情を聴いてみます。もちろんエイナ教授カミカンデにもこのことは伝えておきますので、もしこちらから何かあれば、カオル先生およびフェネル様にご連絡させていただきます」


 里長様も頷いたので、ひとまずここで退散することに。


(マルス、後でジョルジュとミルミを連れて俺の部屋へ。ジンとアリサの二人とは別に話を聞きたい)


(ん、わかった)


 ジンとアリサを里長様に任せて先に行かせている間に、マルスにそう耳打ちした。


 ジンの言い分だと、魔法学校の生徒たちがアリサを突き飛ばした上で、何かを言ったような口ぶり――だが、三人はジンを制止しつつも戸惑っていた様子だった。


 もし一方的に生徒たちが悪いのであれば、三人もジンに加勢していたはず……その点に、俺は疑問を持っていたのである。


「ジン、ひとまず宿屋で一息ついたらお説教な。あと、アリサも一緒にな」


「っ……わかってるよ」


「あ、はい」


 そして、もちろんジンとアリサの二人についても。



 ※


 宿屋に戻り、少し早めの夕食を済ませた後、俺はマルス、ジョルジュ、ミルミの三人と部屋で話すことにした。ちなみに、ジンへのお説教とアリサからの事情聴取はすでに終わっており、今は里長様の部屋でお説教をもらっているはずだ。


「――っていうのがジンの言い分なんだけど……お前たちもその通りで問題ないか?」


「うん、多分。俺たち三人、ちょうど橋の下にいるデッカイ水棲魔獣を見てたんだけど、ちょうどその時、後ろにいたアリサが魔法学校の奴らの進路を塞いじゃってたみたいでさ、その時に突き飛ばされたみたいなんだよね」


 それについてはアリサもそう言っていたので、間違いないのだろう。集団が近づいてきたのはわかっていたが、橋は広いし、こちらが先にいたので避けてくれるだろうと思った矢先だったようだ。


 だが、それだけで果たしてジンがいきなり殴りかかるだろうか。


 ジンは五人の中では最もやんちゃな性格をしているが、俺が先生として勉強や魔法を教え始めてからは、誰かに怪我を負わせるとか、迷惑をかけるといった一線を超えるようなことはしていなかったはずだ。


 手首を捻ってしまったものの、アリサも始めのうちは尻餅をついただけだと誤魔化していたし……幼馴染の女の子のためとはいえ、それだけで激高するとはどうしても思えなかったのだ。


 ただ一つ、決定的な一言さえなければ。


「……皆に確認しておきたいんだが、あの時、魔法学校の子たちがアリサのことを侮辱したらしいだけど、それを自分の耳でちゃんと聞いたやつはいるか?」


「あ~、まあ、正直に言うと、」


「仲間だから庇いたい気持ちはあるけど……でも、」


「そうね。先生には正直に言うべきだと思う」


 俺の問いに対し、三人は互いの目を見合わせて、


「「「……聞いてないです」」」


 と首を振ったのである。


 ここで、マルスたち三人と、ジンの証言が食い違った。

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