第53話 ラーマとミルミ

 

 ※※


 私は生まれたときから両親の顔を知らない。


 赤ちゃんのころの記憶は定かではないけど、話しによれば、孤児院兼病院の前にある日、箱と一緒に放置されていたらしい。


 孤児院のおじいちゃんとおばあちゃんはもちろん優しかったけど、お父さんお母さんではなく、尊敬する先生って感じだと思う。


 後は、私が孤児院の中ではマルスやジョルジュと同じで年長組に入っていたのも大きい。おじいちゃんおばあちゃんが忙しい時には私がみんなのお母さん役として、小さい子たちの面倒を見ていたから。


 私がみんなのことを引っ張らないといけない。


 マルスもジョルジュもまだまだ全然子供だし、新しく引き取られた先で友達になったジンやアリサも、私のことを頼ってくる。


 私がしっかりしないといけない。普通の勉強だって、魔法だって、私が誰よりうまく扱えて、みんなに教えてあげなきゃ――。


 そう思っていたのに、私はどんどん皆から離されていく。皆がどんどん新しい魔法や自分だけの特技を身に着けていくなか、私はまだ初期の簡単な擦り傷を治す魔法だけ。


 皆には頑張ってなんでもないふうに強がっているけど、それでも、数回使うだけでもう全身が鉄みたいに重くなる。一緒に住んでいる里長様にはそのことに気づかれていて、こっそり自分だけに回復薬を持たせてくれている。


 カオル先生はそんな私のことを『みんなと違ってのんびりなだけ』だなんて言ってくれているけれど、それがきっと違う。


 自分が自分のことを一番わかっている。


 私は、みんなと違って才能がない。


 そして、そのことがみんなにバレてしまうのが、ものすごく怖い。


 もちろん四人も、先生も、そんなことで離れてしまうわけではない。友だちとしてずっと気にかけてくれるだろう。


 ただ、お姉さんとして今後一切頼られなくなるだけで。


 こんな自分、大嫌いだ。

 

「その……怖いんです。今まで私に頼ってくれていた皆の視界から、私の姿が消えていっちゃうのが」


 私は、ラーマ様に今まで抱えていたもやもやの全てを打ち明ける。癒しの女神様にこんな汚い嫉妬を伝えるなんて失礼だと思ったが、女神様に抱きしめられていると、カオル先生にも打ち明けられなかった気持ちが、するすると口から出て行ってしまうのだ。


 まるで、女神様の力で、真っ黒な心が全部浄化されちゃうみたいに。


【今までずっと頑張っていたんだねえ。偉いねえ。ミルミはとっても優しくて、清らかで、心の綺麗な子なんだねえ】


「そんなこと……私は、嫌なヤツです。皆がどんどん成長してるのを褒めながら、裏では『どこかで躓いたりしないかな』って、そんなこと思うような意地悪な子なんです、本当は」


【そのぐらい誰だって思っちゃうものさ、だってミルミ、お前は私みたいな女神じゃない、一人の人間の子だもの。私がお前の心を綺麗だって言ったのは、自分でそのことをしっかり自覚して、そんな自分のことを嫌だって思っているからなのさ】


 女神様の言葉が胸にすうっと染み込んで、かわりに私の瞳からは熱いものがこみ上げて、頬をつたって流れていく。


【大丈夫だよ、ミルミ。今はまだ自覚ができなくても、お前にはちゃんと才能がある。他の誰にも負けない、清廉で高潔な心が。産まれてからずっとお前のことを見守ってきた、女神ラーマが保証してあげる】


「ラーマ様、でも私……」


【ふふ、わがままな子だねえ。でも、今までお前はずうっと我慢して頑張ってきたから、今日は特別にわがままを聞いてあげようじゃないか。神様だって、平等じゃないからねえ】


「え? それってどういう」


【本当はまだ先の話のつもりだったんだけど、ちょっとだけ見せてあげるよ。ミルミ、お前の中に眠る聖女の才能の片鱗ってやつをねえ】


 そう言って、女神様の姿が私の前から消えたと思った瞬間、私の体にとんでもない変化が起き始めたのだ。


「!? え? な、なにこれ? 私の体が……どんどん成長してる……!?」


 体の中から言いようのない高揚感と魔力が際限なく溢れる中、私の体が、急速に大人のお姉さんみたいになっていく。身長と髪がぐんぐん伸び、凹凸のない体型が、アイシャさんのような女性らしいものに。


 そして、極めつけは、背中に生える光の翼のようなもの。


 その姿は、まるで私自身が天使にでもなったような――。


 遠くで魔法の維持に努めていた先生もそのことに気づいたようで、目をまんまるにして驚いている。


「えっと、ミルミ……いや、えっと、どちら様でしょうか?」


「先生、ミルミです。私も信じられないんですけど、ミルミだと思います、多分」


 ちょっと理解が追い付かないが、おそらく女神様が何かして、こうなったのだろうが。


【ミルミ、聞こえるかい?】


 と、女神様の声が私の頭に響いた。


 体の中から包むこの暖かい感触は、まさしくラーマ様のもの。


 つまり、今ラーマ様は私の体の中にいるのだ。


「女神様、これって――」


【びっくりさせてごめんねえ。でも、これがお前の中に眠る才能だよ。女神を自らの体に憑依させ、その力を行使する聖女の体質】


「じゃあ、この姿は、もしかして女神様本来の……?」


【いいや。私が貸しているのはあくまで女神の力だけで、その姿はお前の未来の姿さ。思った通りの別嬪さんだねえ】


 信じられない。さすがに光の翼は女神様のものだろうけど、ただの貧相な孤児でしかなかった私がこんなに成長するなんて。


 こころなしか、先生も、成長した私の姿に見とれているような。


【ふふ、こうして憑依するのなんて何百年ぶりかねえ。久しぶりにちょっと体を動かしたくなってきた……ねえ、そこのお前さんよ】


 そう言って、私の体を借りた女神様は、カオル先生のほうを指差し。


【あんた、結構ほうだろ? どうだい、これから私と一戦手合わせしてみないかい?】


「え、今から先生とって、ちょっと……ラーマ様ッ!?」


 そう、とんでもないことを言い出したのだった。

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