第49話 生活向上


 さて、ライルが改めて俺のペット(本人的には相変わらず従魔らしいが)になり、子供たちへの授業にもなれたところで、先送りにしていた目標にも取り掛かっていく。


 自分の生活の質の向上。衣・食・住、のうち、まずは食から。


 マルスとの土魔法練習も兼ねた裏庭の畑の土壌づくりが、そろそろいい感じになってきている。訓練の成果を確認するため、畑の一角に果物を種を植えていたのだが、現在、それが順調に育ちつつある。これならあと数週間で立派な実をつけてくれるだろ。


 栽培方法などを神の書で検索した時に得た情報だと、本来ならばもう少し時間がかかるはずだったが……送り込んでいる魔力の質だろうか。


 ともかくこれからも元気に育ってほしい。


「む~、む? むむっ、むむむむむむ……!」


 マルスのほうはというと、最近ようやく土の操り方を覚え、人形サイズほどの小型ゴーレムを自在に操れるよう奮闘中だった。


 今、マルスに教えているのは、ゴーレムを用いて遠隔操作で単純作業を行わせるというもの。


 土でゴーレムを作り上げ、自在に操るのは土魔法使いとして、実はわりと高度な部類に入ってくる。


 石の礫や巨大岩を飛ばすのは一度の魔力操作で済むが、ゴーレムの遠隔操作については、形状の維持をしつつ、術者自身が思い描いたとおりにゴーレムが動くように、細かい魔力操作が求められる。


「むーっ!」


 こてん、とゴーレムが手足をもつれさせて転び、土にかえった。


「ぜえ、ぜえ……うーん、あとちょっとだと思うんだけどな」


「おつかれ、マルス。ちょっとそこで休んでな」


 マルスに代わって畑に入った俺は、マルスが今やったことと同じことをやり始めた。


 ゴーレムは大体俺の同じぐらいのサイズにした。もちろん大巨人やドラゴンのような形を模すこともできるが、それだと教えてもらうほうもわかりにくい。


「これは俺のやり方だけど、頭で考えて操作するよりも、体で覚えたほうがいいと思うぞ」


「体でって、どういうこと?」


「ちょっと見てろ。例えば……はい、右腕!」


 俺が右腕を上げたのとほぼ同時に、ゴーレムが同じような動作をする。


「右腕下げて、次左腕!」


 そんな感じで、足を上げてみたり、その場で飛び跳ねてみたり、色々な動作をやっていく。


「ゴーレムは自分の魔力で作るわけだから、いわば自分の分身なわけだろ? 手や指を使って操り人形を動かすんじゃなくて、自分の体の一部として考える」


 ゴーレムと術者の精神は魔力で繋がっている。なので、自分が体を動かす時と同じように、ゴーレムの体も動かしてみよう、ということだ。


 もちろんこれは俺なりの習得方法なので、もちろんアリサのような特に魔法のセンスがある子なら感覚で操作できるかもしれないが、それが無理なら操作の感覚を体に刷り込ませた方がいいのでは、と思う。


 マルスは体力や集中力があるので、汗をかいたほうがいいだろう。


「最初はまず簡単な動きを繰り返して操作の感覚を掴んでいこう。それに慣れてから歩いたり、しゃがんだり、地面に落ちたものを拾ったり、と少しずつ複雑な動きに進んでいこう」


 一口にゴーレムに単純作業をさせるといっても、操作側はこれだけ苦労する。一朝一夕とはいかない。おじいさん神からもらった器とはいえ、俺も、マルスに教える前には密かに頑張ったのだ。


「お、そうだ。簡単な動作になれたら、あるテストをしよう」


「うげ、テスト~?」


「そんな顔するなって。ちょっとしたゲームだから。それに合格したら、お前にご褒美をやろう」


「え? マジ? それって俺だけ?」


「ああ。なんでも一つだけ、マルスのお願いを叶える。この前の遠足の組み分けで無理言って女の子の班に入れちゃったしな。そのお詫びもかねて。あ、もちろん、皆にもちゃんと話してるから、心配しなくていいぞ」


「や、やって欲しい、ことか……」


「ん? どした? 顔ちょっと赤いぞ?」


「っ……な、なんでもねえよっ! とにかく何でも一つ叶えてくれるんだよな? じっくり考えておくから、覚悟してろよ!」


「お、おう」


 もちろん何でもは無理だが、出来る限り可能な範囲で願いを叶えてやりたいと思っている。


 まあ、それもちゃんとこのゲームをクリアしてからの話だが。マルス、そう簡単にこの関門、突破できると思わないことだ。


 マルスが何をお願いするか頭を悩ませている間、俺は自分のゴーレムと一緒に野菜の種を植え始めたのだった。

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