第47話 一時のお別れ

 

 ユーリカを打ち負かし、ようやく大人しくなったところで、俺はライルのことについて聞き出した。


 まず、ライルの前の飼い主はユーリカ。これは間違いなかった。


 ペットとして飼っていたが、ある日、ちょっと目を離してケージの扉が開いているうちにどこかへと逃げ出してしまったのだという。


 ユーリカも始めはすぐに帰ってくるだろうと楽観していた。ライルがユーリカの屋敷で飼われてから長いので、狩りの仕方を忘れたと思っていた。


 だが、二日、三日と経っても全然帰ってくる気配すらないため、領主である父親に命じられて探しにいくことにしたのだとか。


 リングの反応を頼りに探して、ようやく見つけたと思ったところに、俺も居合わせてしまったという。


 そこから後の展開は、見ての通り。


「く……こら、ニンゲン! いい加減この拘束を解きなさい! きちんとあなたの要求したことには答えてあげたでしょう!」


「拘束を解いた隙にまた襲われたらたまりませんので、念のため」


 現在ユーリカは、俺の魔法によって手首を足首を拘束され、自由に動けない状態になっている。こうでもしないと暴れてまともに話をすることもできなかったので、仕方なくだ。


 気持ちも落ち着いたのか、喋り方も多少は丁寧になっている。


「――しかし、今の話だけを聞く限りでは、わからないことがあります」


「な、なんですか」


「ライル……まあ、ここではエシャトでいいですが、エシャトはあなたの屋敷で普通に飼われていたのに、どうして逃げ出してしまったんでしょう」


 領主の家だというから、わりといいモノを食べていたのだろう。偏食気味なのは、おそらくそれが理由だ。


 暮らしについては問題なかったが、それでも、ライルはユーリカのもとから逃げ出した。ライルは未だに『渋木薫の従魔』のままだから、完全に確信犯である。


「と、とにかく、エシャトのことは返してもらいます。今度は逃げ出すことのないよう、しっかりとケージの鍵をかけることを忘れないよう……ほら、エシャト、どうしたの? 早くこっちに来なさい」


「…………」


 ユーリカが手招きするが、ライルは俺の後ろに隠れて動かない。俺の方でも促してみたが、不満そうな鳴き声をあげて抵抗するばかりだ。


「……ちっ、仕方ない。ここはもう実力行使で籠の中に押し込めて――」


「フーッ……!」


 そう言ってユーリカがライルへ手を伸ばした瞬間、ライルの耳の毛が針のように逆立った。


 怒り状態か……と思ったが、神の書を見る限り、まだ鎮静状態は解除されていない。


 ということは、怒っているのではなく、怖がっているのか。


「もしかして、檻の中に入るのが嫌なんじゃないですか?」


「でも、入れておかないと屋敷の中が散らかってしまうし――」


 ライルと一緒に過ごしてみてわかったのは、基本、日中は家で寝てゴロゴロしていることの多いライルも、夜や早朝など、俺が寝静まったころには外にでて一人で狩りなどをして外を動き回っているのは知っている。


 また、ストレス解消のため、爪でよく近くのものをひっかく癖もある。そのための石も用意したのに、わざわざ狙ったかのように家の壁ばかりをひっかくので困っていた。

 

 ウチの家に使っている木材は傷に強いのでそれほど目立たないが、屋敷のような高い家具や調度品、絨毯などが置いていそうな家ではやめてほしいだろう。機嫌の悪い時は風魔法まで使うのだから厄介だ。


 ライルビットにも性格はあるだろうから、大人しく、飼い主に従順で賢い子であれば躾をすればなんとかなるだろうが、ライルは賢くはあるけれど、決して大人しくはないしその上生意気だ。


 普段からケージ入れて自由を制限すれば、いくら食べ物の問題がなくても不満は募るだろう。


 環境の問題や飼い主の問題……そういうのが積もりに積もって、ある時それが弾けた。それがライルがユーリカのもとからいなくなった理由なのかもしれない。


 だが、だからと言って『じゃあ俺が引き取ります』と簡単に言うことも出来ない。


 ライルが嫌だといっても、少なくとも、ライルの所有権はユーリカにある。


「……一応聞きますが、この子をウチに引き取ってもらうことは可能ですか?」


「不可能ではないと思いますが、私よりも父が可愛がってますので。まあ、父がニンゲンとの取引に応じるなど、天地がひっくり返ってもないとは思いますが」


 やはり現時点では厳しいようだ。元の飼い主が見つかるまでという条件で飼い始めたライルだが、子供たちとも仲良くなった今の状態で手放すのは寂しい。


 しかし、寂しいが、仕方ないことも世の中には存在する。


「……ナ」


 俺の後ろでやり取りを見て色々と悟ったのだろう、ライルが自らユーリカの用意した籠の中に入っていく。


「ライル、ごめんな。今の俺じゃどうにもできないみたいだ」


「ナー」


 気にするな、と言わんばかりに、ライルが穏やかに鳴いてみせた。こういう時だけ男らしいとは、なんてずるい奴。


「私の目的は果たしましたので、これで。では、ニンゲン、もう二度と私にあのような無礼な真似を働かぬようにお願いします。というか、次やったら本当に殺しますから……!」


 拘束を解いた後、そんな捨て台詞を吐いたユーリカは、ライルとともにハシの泉の、さらに先の深い森の中へと姿を消していった。


 エルフの国は、妖精族以外の出入りを禁じてられている。なので今後、なにもなければ再びライルと会うことはないだろう。

 

 そういえば、子供たちにもライルが元の飼い主に戻ったことを説明しなければならない。仕方がないこととはいえ、ミルミなんかを特に落ち込むだろう。


「お金ならいくらでも稼げばいいけど、相手方がハイエルフとなると……」


 しかも軽くとはいえ、領主の娘を痛めつけたうえに拘束したのだから、さらに交渉は難しいものとなる。下手したら仕返しに来られる可能性も。


 こうして、俺や子供たちにとって、ほろ苦い出来事となったかに思われた遠足だったが。


 ※


「――ああ、そこの領主なら私の弟ですので、一応、話だけでもしてみましょうか?」


 今後の子供たちの住まいのことなど、諸々の相談をするために里長様の家へ訪問したとき、意外なつながりが判明した。


 もしかしたら、ライルの件、なんとかなるかもしれない。

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