第46話 ユーリカとライル


「さあ、出てこいエシャト! 私の屋敷から勝手に逃げたお仕置きをしてやる!」


 続いて、少女が光の矢をつがって放つ。


 今度は四本か。姿はきちんと隠しているはずだが、感覚で俺の位置を理解しているのか、不規則な螺旋軌道を描いた矢は障害物をするすると抜けて、俺の急所へと迫る。


「まったく、問答無用だな……! ライル、もうちょっと頑張れよ」


 矢が直前に迫ったところで、俺はライルを抱きかかえたまま、すぐさま上空へと飛翔した。それに合わせて光の矢も追撃してきたが、これは持っていた短剣を使って弾き、消滅させる。


「飛翔術を使えるか……ニンゲンの分際で、面白い!」


 俺が森から抜け出したところで、あわせて少女も長い金髪をなびかせて空へ。打ち出した魔法矢は光属性だったが、どうやら風の属性のほうもお手の物らしい。かなりの実力をもった少女だ。


「いきなり何をするんだ、っていうか、ここをどこだと思ってる? エルフの君だったら、知らないわけないだろう?」


「知っている。ハシの泉だろう? 戦闘行為が御法度だというのなら、君が大人しくエシャトをこちらに引き渡せばいいのだけの話。それなら精霊たちもすぐには嫌がりはしないさ」


 めちゃくちゃだ。こっちはライルを返すつもりで友好的にやろうと思っているのに、なんてわがままな子なのだろう。ウチの生徒たちの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分。


 ということで、素直に話し合いに応じてくれる可能性はほぼ消えた。


 あくまで実力行使だというのなら、仕方ない。


「ナ~……」


「心配するな。まだお前を渡したりしないよ。ほら、この中に」


 ライルをバッグの中に入れて、途中で落ちたりしないようにしっかりと口を縛り付ける。これで多少動いても問題ないはずだ。


「ほう? あくまで私と戦おうというのか?」


「大人しく話を聞いてくれたら俺だってこんなことはしたくないんですけどね。……ここじゃまずいので、場所を変えます」


「あ、こら、まだ私は承知など――って早っ……!?」


 少女の声を無視して、俺は逃げるようにしてビュンビュンと飛ばす。


 子供たちから少し離れてしまうが、幸いあの子たちから離れた場所にいたので、あの少女には俺が一人でライルを連れていたと考えるはずだ。


 早く済ませて、子供たちのところに戻ろう。


 ハシの泉から十分に距離をとったところで振り向くと、俺を追いかけてきた少女の姿が徐々に大きくなってくる。


 バカ正直に追いかけてきたか。ありがたいことだ。


「ぜえ……ちっ、逃げ足だけは泥棒並みだな……だがもう逃げられん。私の光の矢で体中穴だらけにしてやろう」


「やれるものならどうぞ。まあ無理でしょうけど」


「このユーリカをコケにするか――!」


「ユーリカさんね」


 ……安い挑発に乗ってくれて感謝する。


 彼女の情報が、神の書に表示される。


・ユーリカ(ハイエルフ) age:216

職業:エルフの国第三領地メストルル領主の娘 探索者(※冒険者)

得意属性:光 第二属性:風

体力:34

腕力:23

魔力:432

精神力:76

器用さ:30

知力:45

運:12

(特殊技能) 精霊の加護LV5 狙撃センスLV4


 ライルが怖がるだけあって、さすがに強い魔力の持ち主である。あと、年齢はもう気にしない。


 あと、この子領主の娘だったのか。であれば、これまでの尊大な態度も何となく頷ける。親の教育不足か、もしくはエルフ国の人たちが人間ヒューマンや他種族に対してそういう態度なのか。


 こんなことだから、ライルも愛想をつかして逃げてしまったのではないだろうか。


 テイムしているとはいえ、信頼関係は必要だろう。


「お前の脳天を私の矢で針山みたいにしてやるっ」


 恐ろしいことを言いながら、ユーリカが次々と光の矢を連射する。


 その数、十本、いや、二十本はあるか。これだけ多いと、では対処しきれない。


「ははっ、もう謝っても無駄だぞ。エシャトを奪った挙句、この私に舐めた真似をとった愚かさ、身をもって償うがいいっ」


「……お断りです。というか、」


「なに?」


「悪さして『ごめんなさい』するのは、あなたですよ。ユーリカさん」


 そうして、俺は、飛来してきた数十本の光の矢を全て撃ち落とした。


「!? なっ、お前、なぜそれを」


「別に魔法矢はあなたたちだけの専売特許ではないでしょう? 魔法さえ使えるのであれば、人間だろうが魔獣だろうが、コツさえつかめば誰だって扱えるはず」


 俺が放ったのは、彼女と同じ魔法矢。


 魔法の弓を形成・維持、魔法矢の制御や着弾後の魔法効果の付与など、魔法矢は平行していくつかの処理を平行して行わなければならない高等魔術だが、なんとか上手くすべての矢を狙撃することができた。


 ぶっつけ本番の使用だったので、ユーリカに較べれば扱いは初心者同然だが、そこはおじいさん神からもらった器に宿る魔力量でゴリ押しさせてもらった。


 反則気味だが、ライルをこのまま渡すわけにもいかないので、仕方ない。


「ふんっ! ちょっと私と同じことができたぐらいで調子に乗って……だが、安心しろ。今のはまだ半分といったところだ」


「なるほど。あの程度で半分なら、余裕だ」


「こ、ろ、すっ~~~~~!!!!」


 またしても俺の安い煽りに怒ったユーリカが、今度こそ本気の力で光の矢を放ち――。


 ※


「――す、す、す……」


「す、なんですか? 俺やライルはそんな言葉を望んでませんよ」


「ぬぐぐぅ……!」


 その後、魔法矢の操作のコツを完全に掴んだ俺によって、あっさりとその『全力』をあしらわれ、敗北を喫したユーリカは、


「す、す、い、ません、でしたあっ……あっ、あっ、あああっ…………!!」


 いかにも悔しそうな表情で、俺とライルに頭を下げて謝罪したのだった。

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