第45話 ハイエルフの少女


 まとわりつくジンとマルスを追い払った俺は、まずライルの体を洗うことに。


 石鹸などはないものの、ハシの泉の浄化の効果もあり、これまでの汚れはすべて洗い流すことができた。思いきり鼻で匂いを嗅いでも、獣臭さもほぼ感じない。便利な泉である。


 俺も久しぶりに汗や垢をきれいさっぱり洗い流すことができたのでよかったが、水温が冷たいのはやはり難点である。


 そうすると、やはり家にも風呂を置きたいと思うのは自然な欲求だと思う。もちろん大量に水を汲んで魔法で湯を沸かして、というふうにやればできないことはないのだろうが、それだと手間がかかり過ぎる。


 もちろん、魔法で水を発生させつつ、同時に炎を発生させて温水を出せるか試したが、相反する属性を同時発生させると反発し合い、魔力自体が消滅するという『相殺現象』なるものが起こり、上手くいかずじまいだった。


「となると、やっぱり温泉か……」


 この世界にも温泉はあるが、里からもかなり距離がある。


 もし子供たちも一緒に連れていくのであれば、かなりまとまった休日が必要になるだろう。遠足というよりは、もう旅行になる。


 お金もかかるだろうが……しかし、旅行は決して悪い考えではない。


 学生時代の修学旅行――俺はもっばら単独行動だったので、友達や誰かとわいわい楽しく……という思い出はなかったが、見たことのない場所を回るのはそれなりにワクワクしたものだ。


 子供たちにも一度ぐらいはそういう経験をさせてやりたい。


 まあ、そのためにはもっとお金は必要になってくるわけだが。……何年後に実現できるかわからないが、今から資金の積み立てを頑張っておこう。


「――ん? どうしたライル?」


「フ~……」


 泉の水温にも慣れ、ゆっくりと全身を水面に浮かべていると、ライルがしきりに俺の頬をぺしぺしと叩いてきた。


 どうやらリングのついているほうの耳をしきりに気にしているようだ。


「かゆいのか? ならちょっと待ってろ」


 耳を触って、虫に噛まれた跡や湿疹などがないかどうか確認する。


 特に何もなく、ダニなどがいる形跡などもない。リングの箇所以外も見て見たが、結果は同様だった。


 皮膚に何もないとなると、あとは何らかの病気だが、ライルビットは体が小さい割には丈夫で、毒だったり、腐った食べ物でもお腹を壊すようなことはない、内臓系統の強い動物だ。


 病気じゃない、とすると後は――。


「フシャー」


「え? そうじゃない? 体のほうじゃなくて……リング?」


「……」


 ぴくぴくと耳を動かして、俺にリングを確認するようせがむライル。俺がつけたものは相変わらずとくに何の変化もないが、問題は二番目のリング。


 わずかだが、ほんのりと輝いている気がする。光の反射ではなく、リング自体が発光しているのだ。


 そして、ほんのりだった輝きが、ぱっと見で明らかなほどに光輝いて――


「――エシャト! 間違いない、お前、エシャトだなっ!?」


「え?」


 その瞬間、ちょうど俺の真上から、少女のような声が耳に届いた。


 エシャト――聞いたことのない名前だが、今この周囲には俺以外には誰もいないし、ライル以外の魔獣もいない。


「エシャト、やっぱりそうだ! その左耳っ! 探したっ、ようやく見つけたっ、私のエシャト!」


「フシャ――」


 その名が呼ばれた瞬間、ライルが怯えたように俺の背中に隠れる。


「……ライル、さっきのがお前の本当の名前なのか?」


「……フー」


 ライルの反応を見るに、どうやらそうらしい。


 泉の中心にある大きな岩の頂上に立って俺たちを見ろしているのは、綺麗な金髪をなびかせた狩人姿の少女。そして何より、あの特徴的な尖った耳はエルフのものだ。


 ということは、あの子がライルの元の飼い主か。歳の感じはアイシャさんよりも少し年下といったところだが、ルクク同様、エルフが外見で年齢の判断がほぼつかない。


 とりあえず、話をしてみるしかないか――。


「私のエシャトに触るな、ニンゲンッ!」


「ちょっ……」


 ひとまず服を着ようとライルを抱いて泉から上がろうとした瞬間、頭上の少女から三本の光が俺目掛けて発射された。



・魔法矢

 魔力で弓を形成し、矢の形の魔力弾を打ち出す術。魔法のため、軌道や本数などを自在にコントロールでき、また、着弾後に魔力を炸裂させ周囲を攻撃に巻き込むこともできる。

 主にハイエルフが得意としている魔術。



「やっぱりハイエルフか……」


 ライルを抱えたまま、荷物を置いてあった木陰に転がり込んで、すぐさま服を着る。せっかく体を洗ったばかりのなのにまた泥だらけだが、今はそんなことを言っている暇はない。


「ちっ、猿のようにすばしっこい人間め……まあいい、わがままなエシャトとともに、すぐに居場所をあぶりだしてやる」


 こっちに攻撃の意思はないのに――話も聞かずにすぐに矢を射ってくるとは、なんてやんちゃな子なんだ。


「ライル、お前の飼い主なんだから、なんとかしてくれよ」


「ナ、ナ~……」


 しかし、ライルは俺にぴったりとしがみついたまま離れようとしない。


 それに、わずかだが、体も震えている。元の飼い主からあっさり俺の従魔に鞍替えしたり、また、今現在の様子といい。


 あの子と話したいが、果たしてできるだろうか。

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