第44話 ハシの泉にて
・ハシの泉
風の精霊と水の精霊が住まう大きな泉。元は猛毒の沼だが、二精霊の浄化によって純水となった水が湧きだしており、周辺の魔獣やエルフなどの貴重な水場となっている。一部種族では、汲まれた水は飲み水や生活用水ではなく、祭りや儀式など、特別な催事の際に使うことがほとんど。水には癒しの効果もあり、肌を綺麗にする。
名前の由来は、この場所を最初に見つけたという冒険者ハシから。
なお、泉に住む精霊は争いごとが嫌いであり、過去、水資源をめぐって種族同士の争いが会った際に精霊が逃げ、浄化の恩恵が得られず元の毒沼となったことがある。
それ以来、この場所で戦闘行為をするのは厳禁とされている。
なるほど、先の二つと違って、かなり神聖な場所のようだ。事実、ハシの泉には先客で、いくつかの種族の魔獣たちが泉に集まっているが、同族以外なら即攻撃してくるような凶暴な種族でも大人しくしている。
貴重な水資源がなくなるのは、どんな生物にとっても死活問題である。それを経験でわかっているからこそ、少なくともこの場では形式的にでも仲良くしておこうと。
しかし、思わずため息がでるぐらいに水が透き通っている。水辺付近には蛍のように淡く発光する昆虫がゆっくりと飛び交い、幻想的な光景を映し出している。
水が綺麗だからこそ、こういう生物たちが生息できる。
「お~、泉だ、飛び込め~!」
途中、疲れていた子供たちも、泉に到着した瞬間元気を取り戻したようで、一斉に水のなかへと入り、泳いだり、冷たい飲み水で喉を潤したりで各々楽しんでいる。
俺のほうは、子供たちが戻ってきた時のために食事の準備だ。
「……あの、カオル先生、私もちょっと行ってきていいですか? ちょっと汗かいちゃったので」
「いいですよ。荷物の見張りは俺がやっておきますので」
「ありがとうございます。私のほうが済んだら、先生と交代しますね」
アイシャさんが荷物と着替えをもって、泉の反対側へと消える。ちょうど泉の中心に大きい岩があるので、隠れて水浴びするのだろう。
「マルス、覗いちゃダメだぞ~」
「!? や、やるかバカっ! 殴るぞ!」
ジンが冷やかしているが、喧嘩はしないように一応注意しておく。子供の喧嘩程度で精霊が逃げるとは思えないが、騒ぎすぎるのもよくない。
ここで襲われる心配はないだろうが、逆に言えば、ここ以外なら何の問題もないということだ。
火を起こし、食事の準備をしていると、魔獣の子供だろうか、小さな個体が匂いにつられてこちらに寄ってきた。
小さな角の生えた黒い体毛をした狼の子供と、それに鹿に似た姿をした魔獣。種族は明らかに違うが、互いの体毛を毛づくろいしてあげているようで、仲もよさそうだ。
「お前たちも食べるか?」
「「…………」」
今しがた焼けたばかりの肉を差し出す。
二匹ともしばらく俺のことを警戒していたようだが、
「ナ~」
「ああ、お前の分もちゃんとあるよ。ほれ」
ライルがおいしそうに肉をかじり始めたのを見て安心したのか、肉を口にくわえて、あっという間に俺から離れていった。
・ブラッドハウンドの子供(♂)(討伐難度:D ※成体はB~A テイム可)
・メイルコーンの子供(♀)(討伐難度:D ※成体はB~A テイム可)
どうやら従魔にもできるようだ。
そういえば……あの二匹を見て思ったが、ライルにも魔獣の友達がいたほうがいいだろうか。今は子供たちが遊んでくれているし、ライルもそれで満足しているようだが、同族や、もしくは似たような体格の魔獣がいたほうが寂しくなくていいかもしれない。
前の飼い主の時はどうだったのだろう。ライルビットは貴重な魔獣だし、つがいがいても不思議ではないと思うが。
肉に夢中にがっついているライフの耳を触る。耳には飼われていることの証であるリングが輝いている。
何か一つでも手がかりがあればいいのだが。
「なあ、ライル。お前のご主人様、今どこにいるんだろうな?」
「……?」
首を傾げられる。いや、確かに今の飼い主は俺だが、そうじゃなくて、元の飼い主のことだ。
「まあ探してくれていることを祈るしかないけど……」
「――先生、お待たせしました。子供たちの面倒は私が見ておきますので、どうぞ」
アイシャさんとそれからある程度遊んで満足した子供たちが帰ってきた。
食事のほうはすでに準備は終わっているので、あとはアイシャさんに任せてしまっていいだろう。
「では、お言葉に甘えて。ライル、お前も来るか?」
「ナ」
来るということなので、ライルとともに俺も水浴びをすることに。ライルも最近微妙に臭ってきているので、ここの泉で汚れを洗い流してしまおう。体を洗っても、ここであれば汚れはすぐに浄化されるので、周りへの影響もない。
別にみんなの近くで服を脱いでしまってもいいのだが、一応、アリサやミルミ、アイシャさんなど女性陣に気を遣って、やはり離れることに。
「……で、どうしてジンとマルスは俺についてくるんだ?」
「いや、やっぱ同じ男として見といたほうがいいかなって」
「まあ、気になるよな。先生は俺たちの目標だし」
何を言わんとしているかはわかるが、そっちは目標にする必要はないと思う。
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