第43話 手作りビスケット
いい歳をしていつまでも泣きべそをかくルククをなんとか落ち着かせた後、俺はみんなと合流し、昼食場所の予定地であるハシの泉へと向かった。
今回の件のお礼ということで、俺や子供たちに限ってになるが、今後はいつでも塔に遊びに来てもいい許可をもらっていて、実はこれが一番の収穫だった。
塔にあったアウナの蔵書の中には、ルククに勉強を教えた時の魔導書や教科書も残っていたので、それを子供たちの授業で使わせてもらえば、今後必要な教材費に関しては大幅に節約できる。
ルククは魔法の才能に乏しいが、アウナの教育のおかげもあって、この世界における知識や教養は俺以上にある。
なので、俺がもし長期で里を開けるようなことがあれば、ルククに先生役を頼んでもいいかもしれない。本人も今回の件で俺に恩義を感じているようで『私が出来ることならご協力しますよ』との言質を得ている。
まあ、ライルの件もあるので、子供たちが了承してくれれば、だが。
「先生、俺、腹減った」
「俺も」
ジンとマルスが言う。
確かに、塔の前でのごたごたもあって、時間は予定よりも押している。他の三人も口には出さないだけで、きっとお腹を空かしているはずだ。
もちろん、俺やアイシャさんも。
「カオル先生、それにみんなも、ちょっといい?」
「? どうしましたアイシャさん?」
「あの、一応、念のために携行食を持ってきたので……よければどうぞ」
アイシャさんが荷物から取り出したのは、小さなビスケットのようなもの。形的にはカンパンが最も近いだろうか。取り出した瞬間、すぐさまライルがそれに飛びつき、その中の一個をかすめ取った。
「どう、ライル? おいしい?」
「…………」
ミルミが訊くが、ライルは微妙そうな顔をしている。吐き出したりはしていないので、偏食気味のライルでも食べられるレベルのようだが、美味しいというほどでもないらしい。
食べものに関して、ライルはとても正直なのだ。たまに俺の作ってあげた食事すら口に合わないと吐き出す始末なのは矯正したいところだが。
「あはは……まあ、そうですよね。まあ、これ売り物じゃありませんし」
「売り物じゃないってことは、手作りですか?」
「はい。子供たちと一緒に行動するので、おやつでもあればいいかなって思って作ったんですが……なかなかうまくいきませんね」
・アイシャのビスケット(非売品)
子供たちのために前日からアイシャが準備したビスケット。初めての手作り。
バターなどこの世界では比較的高価な食材も使われているが、焼き加減を間違ったせいで、市販のものより固く仕上がっている。
食べると空腹を紛らわせることができる。
「アイシャさん、俺もいただいていいですか?」
「え、まあ、構いませんけど……」
こういう情報を知った以上、食べないわけにはいかないだろう。ためらうことなく一個つまんで、口の中に放り込んだ。
「……おいしいじゃないですか」
「えっ? そ、そうですかね……」
というか、俺個人の感覚で言わせてもらえば全然問題ないレベルだ。ほんのりバターの香りが鼻を抜けて、後味も、甘さが控えめな分まったくしつこさを感じさせない。
確かに固さはあるが、携行食と考えれば十分すぎるだろう。初めて作ったにしては上出来だと思う。
ライルは果物でも甘ければ甘いほどいいらしいので、多分それがお気に召さなかっただけだろう。
「はい。ほら、みんなも。ちゃんとお礼は言ってな」
俺の様子を見て安心したのか、子供たちも次々とアイシャさんの手からビスケットをとっていく。
「なんだ、普通じゃん」
「もう、ジンくん……あ、私はこっちのほうが好きかも」
「……お、おいしい、です」
「マルス、なんでそんなに顔赤――いてっ、ちょ、なんで叩くんだよ!」
「ハチミツとかがあればもっと美味しくなりそうね」
子供たちは正直だが、おおむね好評のようだ。
「すいません。わざわざ俺たちのために……依頼料、後で上乗せしてお支払いします」
「い、いえっ! これは自分でやったことなので……あの、ありがとうございます」
「ライル、お前もちゃんとお礼ぐらい言っとけ」
「ナ、ナ~……」
俺に促されて、ライルは仕方なしといった様子で渋々鳴いてみせた。これで無視したらしばらくご飯抜きにしようかと思ったが、主人の顔色をうかがうのが得意なヤツだ。
神の書がまたアップデート作業をしているようだが……これで少しでも好感度が戻ってくれればうれしい。戻ってないとショックなので、もういちいち見たりはしないが。
・渋木薫に対する好感度
アイシャ:1→16(+15)
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