第42話 魔女の弟子
俺の提案に子供たちは驚いたようだったが、それよりも、霊樹と呼ばれる螺子と茨の塔の内部を探検できるという好奇心がすぐさま勝ったようで、
「「「「「賛成」」」」」
満場一致で予定変更は承認された。
「え、えーと、まさかこんなことになるとは……ここの茨の魔女アウナの遺産って、難度いくつだったかな……」
アイシャさんのほうはあわあわとしている。ジャハナムさんに提出するだろう報告書の作成は俺も協力することにしよう。
螺子と茨の塔は、ちょうど三エリアに分かれている。まず、入口から、ルククの部屋までがつながる第一エリア、ルククの部屋を経由して、そこからさらに上へと続く第二エリア、そして、塔の頂上付近まで続く第三エリアだ。
螺旋階段の途中途中で小さな部屋がいくつかあり、生活のための食材や、研究のための書物、魔法薬調合の素材の倉庫。台所やトイレなんかも用意されている。
木の内部をくりぬいてそこを住居スペースのようにするのはジンたちハーフエルフの里でもやっているが、ここまで生活のために改造しているのは、俺が知る限りではここしかない。
「さすがに魔法書が多いな……ルクク、これ子供の教材用に借りてもいいか?」
「そこらへんは師匠もいらないと言っていたはずなので、貸すぐらいなら構わないですけど……教材用になりますか? かなり難しい内容ですよ?」
子供たちにはまだ早いが、俺にはいますぐ必要なものだ。子供たちの成長が著しいので、その時に、なるべく全ての属性を教えておけるようになっておきたい。
魔女の塔にあった魔法の書だから、いい参考文献になってくれるはずだ。
「おお、塔の中ってこんなふうになってたのか……きっとこの先に闇魔法の極意が……!」
「ジンくんってば、一人でどんどん先に行かないでっていつも言ってるのに……もう、待ってよ」
「ちょっとマルス、アンタそのハムどっから拾ってきたの?」
「そこの小部屋から。めっちゃうまそうで、つい。あ、ちょっと漁ってたら隠し戸棚みたいのがあったけど、あそこにあった宝石って、ダークエルフの姉ちゃんは知ってた?」
「この剣、普通に買おうと思ったらいくらするんだろ……欲しい、かもしれない」
子供たちはというと、新しい遊び場を見つけたみたいにいきいきと探索という名の家探しに勤しんでいる。
見たところ、外の茨の防御と違って、内部は安全そうだ。しばらくは遊ばせてもいいだろう。とりあえず、ハムの分はこちらで買い取るしかない。
あとは余計なことをしないよう、アイシャさんに子供たちと、それからライルの監視をお願いする。
「ルクク、アウナの部屋は?」
「本当は一番上ですけど……足腰が弱くなってたんで私の隣の部屋にいました。ほら、さっきのでわからなくなってますけど、そこの倒れた棚の向こう側に」
棚をどけて、亡くなる直前までいたというアウナの私室へ。おそらくルククが毎日掃除しているのだろう。ルククの部屋と違って、全てが丁寧に整理整頓され、埃ひとつ漂っていない。
「期待されても、そこには何もありませんよ。師匠の現役時代の装備なんかは最上階にありますけど、それは師匠でないと入れない場所ですし」
「まあ、そこは俺も興味ないよ。ただちょっと確認したいことがあって……」
ルククに一言断ってから、俺は部屋の中を少し探索してみる。
ベッドは……さすがにないか。となると机だが……引き出しの中には質のいい羽ペン、インクなど一式と、ペーパーナイフぐらいか。
「ん? ここの引き出し二重底になってる……」
細工を解除すると、そこから出てきたのは白紙の紙が数枚。
一見何も書かれていないようだが……指で触った瞬間、わずかに魔力が残留しているのを感じる。
……ここは、神の書の出番か。
「あの……カオルさん? なにか――」
「ごめん、ちょっとだけ、集中させてもらっていいか?」
「は、はあ――」
ルククが首を傾げる中、俺は白紙の紙に手をのせて、紙に施された魔法の細工を解除する。
「! え――」
その瞬間、何も書かれていなかったはずの紙に、文字が浮かび上がっていった。
「これ、師匠の字……なんで」
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。
字が達筆で今の俺には読めないが……一部わかる範囲だと、アウナから、ルククへと宛てた手紙のようだ。
タイトルは『愛しい私の弟子ルククへ』――まあ、これ以上は、詮索するのは野暮だろう。
「これは君に渡しておくよ。多分、師匠もそう望んでいたと思うから」
「…………はい」
何枚かに綴られた手紙を読んで、ルククは人目をはばからず大粒の涙を流して、泣きじゃくっている。
ルククは泣くことに必死だが、果たして気づいているだろうか。
先程までズタボロだったはずのローブの袖が、いつの間にかほとんど元にもどっていることを。
ルククの話では、アウナは魔法の才能がなかった彼女を弟子として接するのをやめたようなことを言っていた。
だが、それは間違っていた。彼女はちゃんとルククのことを弟子として考えていた。ただ、彼女も初めての弟子で、魔法の才能がなくふさぎこんでいた弟子をどう励ましていいものか迷っていたわけだ。
ルククは、ちゃんとアウナのたった一人の家族だった。
では、いったい俺はなぜそのことに気づいたか。その答えは、彼女が今も肌身離さず着用しているローブにあった。
・ルククのローブ(耐性:全 ※ルクク専用装備)
茨の魔女アウナが、二十歳の誕生日を迎える弟子ルククのため、晩年、自分の持てる全ての技術をもって編み上げた魔術糸のローブ。強力な自動再生の魔法が永続付与されており、魔術糸が消失しない限り何度でも再生し、いつでも新品同様の品質を保つ。全属性に対して防御性能を発揮する(防御性能は着用者の魔力に依存)。
没した人間のステータスについては神の書でもわからないが、おそらく立派な魔法使いで、そしてルククにとっても最高の
さて、これでルククもきちんと心を入れ替えてくれるだろう。
あとは、師匠と弟子でゆっくり過ごしてもらって――。
「あの~カオル先生……?」
と、俺が部屋から出ようとしたところで、ドアの隙間からアイシャさんの顔がひょっこりと。
「子供たち、あらかた探索終わっちゃったみたいですけど……お取込み中でしたか。あの、私たちは先にハシの泉に向かいますので……」
「いや、あのアイシャさん、これは誤解で――」
「ぐすっ……カオルさん、カオルさん、もうちょっと、もうちょっとだけいてくださいよ~! カオルさんがいなかったら、私、私ぃ~!」
そして、タイミングの悪いところでルククが俺の腰にしがみついてくる。
手紙は最上階の開かずの扉の鍵にもなっているようなので、おそらくはそこまで付き合ってほしいのだろう。二十歳のプレゼントとして、アウナは、ローブのほかに現役時代の装備を託したのだ。
「ほら、ルククさんもそう言ってますし……では、ごゆっくり」
「あの、だから誤解――」
「あれ? アイシャさんどうしたの? 先生は?」
「あら、ジン君。カオル先生はもうちょっとだけダークエルフのお姉さんと『二人』で『ご休憩』するんだって。時間がかかるみたいだから、私たちは先に行ってましょ?」
「お? なんだよ先生、意外に隅に置けないじゃん~!」
だから、違う。
・渋木薫に対する好感度
アイシャ:9→1(-8)
……担当替えぐらいは、覚悟しておくことにする。
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