第41話 ルククと師匠
「――え~、この度は、皆さまのお友達であるライルビットを、つい出来心で無断でお借り……いえ、持ち去ってしまい申し訳ありませんでした」
すでに十分反省しているのか、みんなの前に立たされたルククはしおらしく頭を下げた。
エルフ族ということもあり、容姿は子供たちよりほんのわずかお姉さんというぐらいに若々しいが、これで彼女は200歳を超えている。
子供たちの方はルククの謝罪を受け入れてくれたようだ。ライルのことを特にかわいがっていたミルミも最初のうちは敵意むき出しだったが、ビリビリに切り裂かれたローブや三角帽子を見て逆に同情したのか、強く責めることはしなかった。
なんだか子供たちとアイシャさんの視線がこちらへ集中しているような気がするが、ルククがこうなったのはライルの魔法によるもので、自分がお仕置きと称してやったとか、そういうわけではない。
・渋木薫に対する好感度増減
アイシャ:12→9(-3)
アリサ:30→29(-1)
ミルミ:29→28(-1)
マルス:35→34(-1)
ジョルジュ:26→25(-1)
ジン:47→50(+3)
俺はやってないのに、なぜ軒並み下がるのだろう。ライルは鎮静状態の影響で、今はミルミの腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てている。
理不尽だ。あと、なぜジンはそこで上がるのか。
「あの……事情はわかりましたが、でも、どうしてこんなこと……魔女さんぐらいの力なら、ペットぐらいいっぱいいそうなのに」
「えっと、あのですねぇ~……」
アリサの質問に、ルククは口ごもる。
茨の魔女を名乗るぐらいだから、野生の魔獣をいくらでも従魔に出来るはずなのに……何も知らない子供たちはそう考えるだろう。
「だって、お前は魔女じゃなくて、ただの見習い魔法使いだもんな」
「はうっ……!? あ、あなた、なぜそれを……!」
「そりゃ、ライル相手にその惨状だったし……それに、そのセリフ、自分がそうですと白状してるもんだぞ」
「! カ、カマをかけたのですかっ!? む、むう……」
この場の全員にバレてしまった以上は、もう正直に話すしかないだろう。 責めていないとはいえ、この場にいる全員が納得しているわけでもない。
「……わ、わかりましたよ。話します、話しますからっ」
観念したのか、ルククは自分のことをぽつりぽつりと話し始める。
「……そこの鬼――じゃなくて、カオルさん、でしたっけ? その方の言う通り、私は茨の魔女でも、というか魔女と名乗るほどの者でもありません。……ただ、アウナ師匠と一緒にここに住んでいた同居人みたいなもので」
ルククが茨の魔女アウナと生活を始めたのは、彼女が産まれたばかりの赤子のころから。
なにぶん200年以上前の話かつ幼少期の話なので記憶がひどく曖昧らしいが、ルククは元々捨て子であり、螺子と茨の塔の根元に放置されていたところを、アウナに拾われ、以来、ずっとここで住んでいるという。
アウナも当初は拾ったルククを自分の研究している魔法を継がせるための弟子として考えていたようだが、ルククが成長していくうちに、あることが判明する。
「――私、エルフのくせに、魔法の才能に特に乏しかったんです。もちろん必死に頑張りましたけど、それでも師匠の足元にすら及ばなくて」
エルフ族は種族特性的にかなり魔力が伸びる体質だが、純血、ハーフエルフにかかわらず、魔法の扱いが下手なエルフはどうしても出てしまう。
事実、ステータスを見る通り、ルククは現在の212歳の時点で、魔法使いとしてはまだ若手の部類に入るエイナさんに魔力、特殊技能とも劣ってしまっている。
おそらく、この感じだと、数年後にはここの子供たちにも抜かれてしまうだろう。
「それ以来、師匠は私に積極的に魔法を教えることはなくなって、自分の研究に没頭するようになりました。住処から追い出されるようなことはなかったですけど……」
アウナは人間だが、ルククを拾った時点ですでに何年生きているかわからないほどの高齢で、ルククが20歳を迎えた朝、机の上で眠るようにして息を引き取っていたという。
ルククが着ている黒いローブは、遺品を整理していた時に出てきたもので、以来、彼女は、それを大事に着続けているという。三角帽子はアウナの形見だそうだ。
ということは、もう200年弱、ルククはこのローブを着続けているということになる。いくらなんでも、それは物持ちが良すぎないだろうか。今はライルによって切り刻まれているが、生地のほうはしっかりしているようだし。
このローブ、何か秘密がありそうだな。
「師匠を弔った後、私は『茨の魔女』を名乗って、お宝狙いの冒険者たちからこの場所を守っていくことにしました。幸い茨の防衛機能は残ってましたし、元々ここは霊樹としても信仰されていましたから、後は私が唯一使える植物魔法で脅かしてやれば、平穏な暮らしの維持はそう難しいものではなかったのです」
ただ、それだけ長い期間独りぼっちだと、さすがに寂しいものがある。野生の魔獣をテイムしてペットしようにも、ルククにはそれだけの力もない。
「そんな時に、子供たちに抱かれたすでにテイム済みのライルが現れた、と」
「まあ、そんな感じです、はい。それに、人にテイムされたライルビットだったらきっと弱いだろうし、大人しそうだったから、私でも十分躾できるかなと思って……すいません、あわよくばそのまま自分のものにしても、って思ったのは事実です」
しかし、ライルの飼い主は子供たちではなく俺である。単純にステータスが倍になって魔法を乱発するライルはルククの目からはさぞ怖く映っただろう。
「……って感じだけど、どうする? 本人は反省してるみたいだけど」
今回の判断は子供たちに任せることにする。まあ、許さないといっても、これ以上どうこうできるわけもないし、もうずいぶん痛い目は見ている。
「許すってわけじゃないけど、これ以上いじめるのは、俺はもういいかなって感じ」
「うん……私も、ジン君と同じかな」
「まあ、この程度の人からライルを守れなかった私たちの実力不足ってことにしておくわ」
マルスやジョルジュもほぼ同じ意見となった。ちなみに、アイシャさんに一応訊いてみたが、殺人などの重い罪ならともかく、軽い盗み程度だと、拘束したところで国の中心部にあるという牢獄には引き渡せないようだ。
「で、みんなの意見はこんな感じでまとまったけど、『飼い主』の先生はどうする? 落とし前、つけてほしいんじゃない?」
「うん? ああ、それはもちろん」
「ひぴっ!?」
ルククはこれで解放されると思っていたようだが、それはまだ早い。
何もなく手打ちにするのだから、そのための『代わり』は必要だろう。
「ああ、勘違いしないでくださいよ。別にあなたにこれ以上なにかをしてもらおうとは思っていませんから」
「そ、そうですか……では、いったいなにを」
「それはですね……なあみんな、ちょっと急だけど、今から予定を変更して、塔の内部を探検してみないか?」
せっかく色々要求してもいい口実を得たのだから、子供たちの今後の経験のためにも、利用できるものは利用しなければ。
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