第39話 茨の魔女

 

 ライルが『茨の魔女』なる存在にさらわれたのは、ちょうど螺子と茨の塔についてからのこと。


 アイシャ班も、俺たちカオル班と同じく、少し休憩の後に出発するつもりだったようだ。子供たちとライルはアイシャさんの目が届くところで遊んでいて、もちろん茨には余計な危害を加えることのないよう、アイシャさんも、また子供たちも注意をしていたという。


『うわ~、ライルビットじゃん! 珍しっ、あとめっちゃかわいい~!』


 そんな時に現れたのが件の魔女だったという。真っ黒なローブに、星模様の三角帽子をかぶり、鮮やかな桃色の髪色をした小柄な女性。


『ごめん、この子ちょっと借りてくね!』


 そう言って、ライルを抱きかかえたままどこかへと消えてしまったようだ。


 茨の魔女、というのも、その時に自らが名乗ったのだという。


「借りてく、か……どう考えてもそのまま自分のものにするコースだな」


 幼少期の俺を思い出す。友人にお願いされて貸したゲームソフトが、『まだクリアしてないから』という理由で期限を1か月も2か月も返却を先延ばしにされ、さらにいつの間にか売られていたことを。


 まあ、ライルももとは誰かに飼われていて、なんらかの理由で俺のもとにいるだけなので、俺や子供たちのものか、と言われると微妙なところだ。


 ライル本人はすでに『渋木薫の従魔』だという認識のようだが、それでも、元の飼い主が見つかればきちんとお返しするつもりでいる。


 というか、元の所有権が誰であれば、同意を得ていないものを勝手に借りるのは、『借りる』ではなく『奪う』や『盗む』と同義だ。


「茨の魔女ってことは、多分、この内部に住んでいるってになるんだろうが……」


 しかし、以前ここを住処にしていたという魔女は、神の書の情報によればすでに没しいて、本来はそこだって、もぬけの殻のはず。


「人のペットを奪うのにも飽き足らず、故人の称号すら騙るとは」


 なかなかの悪党だ。許すわけにはいかない。


「わかった。じゃあ、ライルは俺が連れ戻してくるから、みんなはここで待っていてくれ。アイシャさん、子供たちのこと、お願いできますか?」


「わかりました。みんなも、それでいいよね? アリサ、それからミルミも」


「は、はい……」


「お願いします、先生」


 目の前で連れていかれてしまったアリサやミルミはついていきたそうな顔をしているが、これからひと暴れするかもしれないので、巻き込まないためにも、一人のほうがやりやすい。


「あ、でもライルちゃんの居場所はわかっているんですか? それに、この茨も……この通りですし」


 そう言って、アイシャさんが足元の小石を樹目掛けて放り投げる。すると、ちょうど当たる寸前のところで、それまで大人しかった茨が急に動き出し、鞭のようにしなって小石を叩き落とした。


 いや、性格には、叩き落す際の動きが鋭すぎて、飴玉大の小石が鋭利な刃物で切られたかのように真っ二つになっている。


 探す前に、まず守りを突破できるのか。アイシャさんの懸念はもっともである。


「ですかね。まあ、そのへんはなんとかやってみせますよ」


「……すごい自信ですね」


「たまには子供たちに先生らしく格好いいところも見せたいですし。……では、行ってきます」


 アイシャさんに子供たちの見張りを任せ、俺はまず茨の防御を攻略すべく樹木へと近づいていく。


 先ほどのアイシャさんの石投げによって、茨の魔法は絶賛発動中。ということで近づいたら即攻撃を仕掛けられかねない状況だが、


「すまないが、大人しくしていてくれ。……大丈夫、キミたちに危害を加えるつもりはないから」


 俺がそう言った瞬間、今にも俺のことを八つ裂きにせんと不気味な動きを見せていた茨の蔦が、一瞬にして動きを止め、そのまま大人しく元の定位置に戻っていった。


 妨害するなら壊すしかないと思っていたが、物わかりがよくて大変ありがたい。


「ありがとう。助かるよ」


 俺が近づくと、蔓はさらに『入口はこちらです』と言わんばかりに、魔女の住処へと続く入口のある場所を指し示す。


 ちょうど、ここから百メートルほど上昇したところにある、何重にも蔦が巻き付いている箇所。どうやらそこに入口があるらしい。


 風の魔法で体を持ち上げて浮遊し、住処へと繋がっている扉の前へ。


「鍵はないか。……一応、ノックぐらいはしておくかな」


 人のペットを勝手に持ち去るヤツが、馬鹿正直に応対してくれるとは思えないが、念のため。


「ごめんくださ~い、先程あなたがもっていったライルビットの飼い主なんですが――」


 そう言って、扉をノックしたその瞬間、



『ぎ、ぎゃあああああ!?? た、たすけてくださいいいいいい!?』



「……ん?」


 中から響き渡った『茨の魔女』と思しき悲鳴に、俺は首を傾げた。

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