第35話 剣の岩
こちらで準備する分の食材を確保した後、ようやく最初の目的地である『剣の岩』へ到着した。
「……でっかいな」
鬱蒼と茂る森の木々を突き破るようにして、剣の岩はそびえ立っている。形のほうは片刃の直剣のようになっており、空からの太陽の光を受けて、刃紋のようなものも浮かび上がらせている。
これを廃棄した神にとってはただの粗大ゴミなのだろうが、これなら伝承が間違って解釈するのも仕方ないか。
それぐらい、剣の岩には不思議な魔力が宿っているように見えた。俺のそばにいる二人も、呆けたように口を開けて、岩の切っ先をぼーっと眺めている。
「……今は俺たち三人だけみたいだし、ちょっと休憩しようか」
「あ~、それ賛成かも」
「ジンに同じです」
俺はともかく、先程の狩りで張り切った二人は少し眠そうにしている。早朝からここまでずっとほぼ休みなしでの移動もあったし、ここらで一息入れるのもいいだろう。
岩のそばまで行き、ちょうど日陰になったところに腰を下ろす。ハシの泉までの集合時間は休憩時間なども考えて多少余裕を持たせているので、仮眠をとらせても問題はない。
「ほら、二人ともお茶。これ飲んだらちょっとだけ寝てろ」
早朝に仕込んでおいた薬草茶の入った水筒をそれぞれ渡して二人に飲ませる。戦いなどによって昂った気持ちを鎮静させ、リラックスさせる効果がある。もちろん、アイシャさんにも途中で子供たちに飲んでもらうよう持たせている。
「ふわあ……先生、俺、ちょっともう瞼が限界」
「僕も……」
子供たちのために、神の書を読み込んで調合したものだが、効果覿面だったようだ。飲んでほどなく、眠りに落ちる。
ジンは草むらの上に大の字に寝転がって、ジョルジュのほうは横向きに丸まって、赤ん坊のように。
性格はそれぞれだが、共通して言えるのは、どちらも可愛い寝顔だということだ。
「せっかくだし、俺も一息つくか……」
数分で食材の仕込みを終えて、俺は剣の岩へに背中を預けるようにもたれかかる。
見張りもあるし、二人を起こさなければならないので寝るわけではないが……油断していると、このまま寝落ちしてしまいそうになる。
そのぐらい、岩から心地の良い暖かさが背中に伝わっている。
「せんせえ……どうすか、おれのだーくぶらすと……」
「せんせい、ぼく、りっぱになりましたよ……」
そよ風が優しく頬を撫でるなか、傍らのジンとジョルジュがそんな寝言を言っている。どちらも大人になった時の夢でも見ているのだろう。どちらも俺のことを言ってくれているのが、地味に嬉しい。
おじいさん神が起こした気まぐれによって連れてこられた世界だったが、今、俺の胸は幸せな気分で満たされている。
元居た世界には両親や兄弟など家族もいたし、故郷に戻れば少なからず友人もいるので、たまに寂しさを感じることはある。
だが、それを補って余りあるくらい、今の生活にも満足していた。ほぼ自給自足の生活で不便を感じることもあるが、それでも里の人たちは、得体の知れない冒険者である俺のことを快く受け入れたし、俺についてきてくれた子供たちも俺のことを先生として尊敬してくれている。
思い出す。元の世界のちょっぴりやんちゃなク……じゃなかった、生徒たち。高校生にもなって人の話は聞かず、やれ隣のクラスのあの子はお願いすればどうのこうのと、人の言葉をしゃべったかと思えば、そんなことばかり。
挙句の果てには俺の通勤用の車を勝手に乗り回しては、それで俺を跳ね飛ばして……そう考えると、やっぱりこの世界に来ることができてよかった。
その点、やはりおじいさん神には感謝しかない。
「……さて、そろそろ次の場所の下調べでもしておくか――神の書、よろしく頼む」
十分ほどぼーっと休んだところで、次の『螺子と茨の塔』についてもう一度確認しようとすると、
【 ――適合者 を 感知・確認 しました。 鍵 を 解除できます 】
「……ん?」
と、どこからかそんな音声が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます