第29話 新しい住人
自宅の畑について、さっそく野菜や果物の栽培を始めることにした。
畑については、家の裏口側にそれぞれ三十坪ほどの広さを用意した。玄関側のほうにも作ろうと思ったが、家の周囲を畑で埋め尽くすのもどうか、ということで、子供たちの遊び場だったり、外で食事するためのスペースを予定。
「先生、ゴメン。ちょっと遅れた」
今回は土魔法を使う予定のため、得意属性もちのマルスと、それからその見学ということで他の四人ももちろん来てもらっている。
子供たちが持ってきた袋の中には、植物や果物を食べる時に取り除いた種が入っている。多少土に問題があってもある程度は育ち、素人の俺や子供たちでも簡単に栽培できるものを神の書にチョイスしてもらったのだ。
最終的には肉以外でおいしい野菜や穀物など栽培できれば理想だが、まずはチュートリアルから。
「まずは土のほうを柔らかくする作業から始めよう。最初は俺のほうでやってみるから」
まず、自宅の周辺、というか里周辺の広い地域に言えることなのだが、里長様の話によれば、土の質が非常に硬い上に栄養が少なく、新たに何かを育てるのには向いていないらしい。
野菜を栽培する上で必要なのは、いい土を用意してあげること。水はけ、水もちがよく、栄養がある。
神の書によれば、ここの土はかなり酸性よりらしい。なので、まずはそれを中和するために、本来なら石灰などを土に混ぜ込んで……となるが今回は、その一部を土魔法でやってみようということだ。
「危ないから、ちょっと離れてろよ」
――ゴゴゴゴゴッ。
呪文を頭の中で念じて、巨大な
といっても、すぐに崩すのだが。
子供たちは残念がっているが、今回の目的を忘れてはいないだろうか……まあ、多少は楽しませるのも必要か。
人型、動物型など、周囲の土を操ってゴーレムにしては、それを崩すという作業を繰り返す。次はコレ、次はアレ――ゴーレムを作るのは別にいいんだが、ディテールにまで細かい評価を下すのはやめてほしい。できないこともないが、魔力を喰って地味に疲れるのだ。
彼らが気づいているかどうかは定かではないが、これで一連の作業を行っている。
ゴーレムを作る際に流し込んだ俺の魔力だが、形を崩す際に、土に残存させたままにしている。自分の魔力を栄養にして混ぜ込んで酸性度を中和し、水はけのいい土質へと変えていくのだ。
これを土壌魔法といい、この世界に普通に存在している魔法である。土魔法の中でも地味だが、わりと高度な魔法に分類され、使役できるものも多くない。
……ちなみにゴーレムをわざわざ作ったのは、俺がそうしたかっただけで、普通は土を耕す時に同様のことをやればいい。申し訳ないが、今回は色々とズルをさせてもらった。
マルスについては、こんな感じで土魔法でゴーレムを作ったり、植物の育ちを促進したりといったこと通じて魔法の勉強させたいと思っている。
ゴーレムの作成を実演してみせたことで、マルス以外の四人がマルスのことを羨ましげな視線で見、そしてマルスは土属性であることを胸を張って自慢している。あまり勉強に身が入っていない彼だが、これで少しは熱心に取り組んでくれれば。
後は、子供たちと協力して、予め用意していた種を植えていく。ここからしばらくの間は栄養ということで土へ魔力を流し込み続ける必要があり、根気がいる作業が続く。
まあ、収穫のために今は頑張ることにしよう。もし出来が良ければ、他にも色々試したいことも――。
「! ねえ、先生」
「なんだ?」
何かに気づいたのかジンが俺のほう……地面を指差して何か言っている。
「あのさ、先生の足元に何か白いのがいるんだけど、ソイツ、もしかして先生が拾ってきたの?」
「え?」
「ナ~」
「……何?」
足元を見ると、いつの間にか、俺の足に寄り添うようにしてふわふわの白い毛玉がいる。猫のような、そうでないような微妙な鳴き声をしている。
おそらくは魔獣か。人懐っこく足にすり寄ってきているので、敵意もなさそうだが。
ウサギのようにピンと立った長い耳が特徴で、それ以外はほぼ白い猫。性別は……うん、オスだな。ちゃんとついている。
即座に神の書を開き、確かめてみる。
ライルビット――風の精霊の使いとも呼ばれる魔獣。主な生息地域はハーフエルフの里からさらに北の、ハイエルフたちが治める地方。魔獣では珍しく風の魔法を操り、臆病で警戒心が強い。小型だが、飼育には不向き……か。
「ナ~」
「……これのどこが臆病で警戒心が強いって?」
個体差はあるだろうが、神の書の情報からは程遠いほど肝が据わって堂々としている。
魔法を使うような素振りはないし、何なら今は子供たちがかわるがわる抱っこしているが、その間も大きな欠伸をするだけで、嫌がる素振りすら見せない。
一応結界を張っていて、子供たち以外が侵入してくればすぐに察知できるようにしていたのだが、全く気付かなかった。
この子の特殊能力だろうか。結界魔法がある以上、その結界から探知されないための魔法も高度だが、確かに存在はしている。生きるために、危険から逃れるための魔法を身に着けた可能性は高い。
「……ん? 耳になんかついてるか」
子供たちから猫(と呼ぶことにする)を返してもらって隅々観察すると、ちょうどふわふわの白い耳の毛の中に、小さな金色のリングを発見した。
「あ、もしかしてそれって……」
「知ってるのか、アリサ?」
「はい。あの……うちの家、お母さんが純血なんですけど……ハイエルフの国だと、自分たちのものである証明のために、体の一部にこういうアクセサリを縫い付ける習慣があるみたいで」
「なるほど」
ということは、この子はどこかの家で飼われている、もしくは飼われていたということになる。普段から人に慣れているのであれば、この態度にも納得できる。
「ということは、この子の飼い主はハイエルフの国の人ってことか……」
何らかの原因で元の飼い主とはぐれたとかであれば、すぐに戻してあげるべきだろう。
だが、ハイエルフの国はここからさらに遠く、さらに他の種族にも厳しい。
そんな状態で『元の飼い主を探しに来ました』と言っても、信じてもらえるだろうか。
「ナ~」
「…………」
こういう場合、本来なら知らぬ存ぜぬが望ましいのだろうが……猫のほうは完全に俺に世話になる気満々のようだ。
どこか遠いところに置いていくか? いや、それだと見殺しみたいな状態になるし……。
「ナ~……」
「うぬっ……!」
こいつ、自分の可愛さというものをわかっている。そんなつぶらな瞳で見られてしまったら、どうにも突き放すことができない。
「……ねえ先生、とりあえず、元の飼い主が来るまでお世話してやればいいんじゃないかしら? 飼い主が探してるんだったらいずれは近くに来ることもあるでしょうし」
ミルミが猫を抱きかかえながら言う。猫の懐き方を見るに、どうやらミルミが一番のお気に入りらしい。そこはエルフの血が入っているアリサとかジンだろと思ったが……まあ、エルフも人間と結婚するし、そこはやはり人それぞれか。コイツは猫だけど。
「仕方ない……おいお前、そういうわけだけど、構わないか?」
「ナ~」
どうやらそれでいいらしい。
家具のほうも一揃えして、さてこれから新生活をと思ったが……猫用品ってこの世界にも売っているのだろうか?
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