第20話 不思議な兄ちゃん


 品定めをしていたときから、なんだか不思議な兄ちゃんだなと思っていた。


 普段はぼーっとしていて、何を考えているのかわからなくて。実際、財布も簡単に盗めたし、いいカモだと思った。まあ、その後簡単に見つけられて、お仕置きされちゃったわけだけど。


 今思い出すだけでも寒気がしてしまう。


 俺やジョルジュ、ミルミを拘束していた時の顔は、本当に怖かった。大人たちから袋叩きにされたり罵声を浴びせられるのは慣れていたけど……ああいう人を怒らせるのが一番怖いのだ、ということを、俺たちは身をもって知った。


 ここだけの話、頑張って虚勢は張ったけど……正直、あとちょっとで漏らしてたと思う。そこだけはジョルジュに感謝したい。


「……なあ、どうする?」


 今、俺は親友のジョルジュやミルミといっしょに、話し合いをしている最中だった。


 俺たちの目の前にあるのは、亡くなった院長先生とその奥さんが残したお金の借用書……だが、これはもうチャラになっている。全部、あの人がやってくれたのだ。


 この借金がどうにかなるんだったら、あの人の言うことをなんでも聞く――そんなこと絶対できるわけないと思っていたけど。


「どうするもなにも、約束した以上は従うしかないでしょ。ねえ、ミルミ」


「うん。あと、私たちにとっても悪い話じゃないと思う……確かにここを離れるのは寂しいけど、だからといってなくなるわけでもないし」


「……だな」


 フォックスの街から離れたエルフの里に引き取られ、成人するまではそこで生活してもらう――それが、あの人から出された交換条件だった。


 どうしても嫌なら拒否してもいいとは言ってくれたけど……少なくとも俺は断るつもりはなかった。辺鄙なところには変わりないだろうけど、寝るところもあれば、ご飯だってちゃんと食べられるし、それに勉強だって教えてくれるのだという。


 今までの暮らしから考えると、破格の扱いだと思う。


 でも、どうしてあの人はそんなことをしてくれるのだろう。


 こんな、会ったばかりで、しかも盗みなんかを働くような悪ガキの見本のような俺たちに。


「……あの人のこと、信じていいと思うか」


 俺は改めて二人に問う。


 普通に考えれば、裏があるに違いない……と思うの。院長先生が死んだあと、そういう大人たちを何人も見てきた。


 そう言うやつは皆腐った目をしている。俺たち子どもを、自分たちのいいように使おうと、そんなことばかり考えているドブみたいな目だ。


 ただあの人だけ。あの兄ちゃんだけは、最初に財布をすった時とずっと同じで、綺麗な目をしていた。


『君たちに勉強を教えたいと思っただけだよ。一応、これでも俺は教師のはしくれだから』


「まあ、大分頭おかしい人だよね」


「ね。いくら教師だからって、危ない人たちのところに乗り込んで他人の借金を帳消しにするなんて聞いたことないよ」


 二人が言う。


 変わり者というか、ただのバカだと俺だって思う。


「じゃあ、断るか?」 


「「それはない」」


 あの人は、悪い人ではない。


 貧しい俺たちのことを可哀そうに思って、ただ自分の気持ちが良くなるためだけに中途半端な施しをする奴らはこれまでも割といた。でも、あの人のみたいに、俺たち三人をまるごと責任もって引き取ろうとしてくれる人は初めてだった。


 その証拠が、今、俺たちの目の前にある借用書だった。



 ※※


 

 そうして、俺たちはエルフの里に引き取られて新たな生活を開始することになった。


 俺たちが住むのは、この里の長をやっているというエルフのおじさんだった。


 外見的にはどう見てもお兄さんにしか見えないのだけど、年齢は死んだ院長先生の何倍も生きているとのこと。


 エルフという存在は知っているけど、実際にお目にかかるのは初めてで、俺にとっては驚きの連続だった。


「おはよう、先生」


「おはようマルス。昨日はよく眠れたか?」


「まあね」


 俺たち三人は、里にもともといたハーフエルフの二人と一緒に先生のもとで勉強を教えてもらっている。


 ただの広場に机を置くだけで、学校というには程遠いかもしれないけど……それでも、俺たちにとっての学校はここだと、胸を張って言える。


 ここにきて良かった。


 先生、本当にありがとう。

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