第18話 大人の仕事 1

 

 一度転移魔法でジンや里長様の元に戻り、マルスたちの事情を説明した俺は、再びジャハナムさんのもと……ではなく、別の場所へと赴いていた。


 夕陽はとうに落ち、夜。雲が多いせいか夜空に輝く星はまばらで、また月は覆い隠されて見えない。


「本当なら、何も考えずに飲み歩きたいところだったけど……」


 冒険者向けの酒場や娼館などの灯りが夜の通りを照らす中、俺は千里眼で事前に確認しておいた路地裏へと姿を消した。


 酒の空き瓶をもって地面に寝転がっているもの、酔っている弱そうな客を狙っていそうなチンピラ風の男――ここら辺は治安が悪いようなので、一応、認識阻害の魔法で姿を消しておく。


 俺が目指しているのは、マルスたちから譲ってもらった借用書に記されてあった、とある商会の住所。


 商会と書いているが、法外な利子をつけた金貸しなんてしているから、まっとうな仕事などやってはいないだろう。


 たどり着いたのは、民家とそう変わらない店構えの建物。一応、扉の向こうから下卑た笑い声が起こっているので、酒か薬か、なにかしらを提供しているのは間違いなさそうだ。


「――ああ? なんだ、テメエ」


 扉を開けると、中にいた客らしき男たちの視線が一斉に俺へと注がれた。


 全員がこちらを睨みつけているようだが、しかし、不思議と恐怖は感じない。この体のおかげだろうか。


 酒のような、しかし、それ以上のまるでドブのような悪臭が鼻をつく。


 一応、小さな酒場のようだが、まともな店でないのは明らかである。


 フォックスの街について、薬を扱う店や、その他酒場などの夜の店を出店したい場合、冒険者ギルドの許可が必要となっている。


 そして、この店は不許可で営業だ。規則である看板がどこにも掲示されていない。もちろん、神の書からの情報とも照らし合わせ済みだ。だからといって指摘するつもりもないが。


「そんな顔をしないでください。俺はこの人にお金を返しにきただけなので」


 真っ先に近付いてきた痩せぎすの男に、俺は借用書と、それから金貨の入った袋をじゃらりとわざと大袈裟にならしてみせた。


「……ボス」


「ああ」


 入れ替わりで俺の前に立ったのは、190センチぐらいはあろうかという大柄の男。盛り上がった腕の筋肉には刺青らしきものが刻まれていて、この集団の中でも明らかに力のありそうな人物だった。


「金ぇ、返しに来たって?」


「ええ、全額返済で。私は代理のものですが。……これ、借用書です」


 頑張って笑顔を作るが、この男、さっきのやつよりさらに息が臭い。飲んでいる酒の質が悪いのか、はたまた別の何かが原因なのか。


「ああ……確かに本物みてえだな。だが、今持っている分じゃ、ちいっと少なすぎやしねえか? 全額返済ならあとこれが二袋は必要なはずだが?」


「いえ、これできっちり全額返済のはずです」


 もちろん、こちらの世界で定められたきちんとした利率で計算した上で、だが。


 お金のほうは、里長様に頼み込んで貸してもらう形でなんとかした。返さなくてもいいと言ってくれたが、それでは申し訳が立たないので、今後の仕事ですぐに返済するつもりである。


「ということで、あの診療所の所有権は変わらず私たちのもの。今後も売り渡す気はありませんので、そのつもりでお願いし――」


「ちょっと待てや」


 テーブルにお金を置いて帰ろうとしたところで、男の手が俺の肩を掴んだ。


 体格に見合うだけの握力はあるようで、痛くはないものの、肩がぎりぎりと締め付けられる感覚がある。


「これじゃ足りねえ。きっちり全額、期限までに耳揃えて持ってこい」


「ですから、これで全額のはずで――っ!?」


 その瞬間、男の平手打ちが俺の頬を捉えた。油断はしていなかったが、それなりの衝撃だったので、思わずよろけてしまう。


 鼻血は……出ていないか。


「こっちも商売でやってんだ。何度も言わすんじゃねえ」


「……いや、それはこっちのセリフですよ。これで借金は利子含めて全額ですよ。借用書にも、きちんとそう書かれている」


「いい加減うるせえな、お前――」


 口答えをした俺に再び大男の腕が振り回されるものの、今度の俺はそれを片手一本でなんなく受け止めて見せた。


「!? なんだ、俺の腕がびくとも……」


「この借用書。サインや金額は本当だが、よく鑑定してみると、利率などを定めた文言が魔法で巧みに改ざんされている。おそらく、本来の債権者からこれを買い取った時にやったものだろう」


 俺が解呪の魔法をかけた瞬間、それまで偽装されていた魔法が解除されて、元の適性な金利や返済期限などの記載された文字が浮かびあがった。

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