第16話 廃墟の三人組


 俺が気づいて振り向いたときには、時すでに遅し、少年は忽然と姿を消していた。


 つい気をとられていたのもあるが、ポケットに手を入れられたことに全く気付かなかった。


 随分と手癖の悪い子だ。


「あの、お客さん……」


「! ああ、はい。お金ですね。どうぞ」


「なんだ、あるのかい」


 まあ、一応もしもの時のために別のところにお金を忍ばせていたので、問題はないのだが。


 教員時代に生徒たちから金をせびられることがあったので、財布に入れる他、非常用として別のところにお金を隠し持っていた。なんという悲しい性。


 だが、おかげで泥棒扱いにはならずに済んだ。犯罪の重い軽いにかかわらず、この街で悪さをしでかすと、今後ギルド間のブラックリストに載って、冒険者としてやっていけなくなる。


「とりあえずお金を取り戻すか――神の書」


 特徴はわかっているので、探すのにそれほど苦労はない。


 千里眼の魔法――うん、やっぱりあった。


 すぐさま呪文を唱えて目をつぶると、視界が急に切り替わって、上空から街を見下ろしているかのような映像が浮かび上がった。


 念じることで、かなりの倍率まで拡大・縮小ができる。


 これなら、複雑に道が入り組んでいる住宅街なども隅々まで調べることができる。実際、くっきりだ。不思議な魔法だが、便利でもある。


「見えた」


 栗毛色の子供はすぐに見つかった。街の北側につづく道を走って進んでいる。その先にあるのは貧民街だから……そういう出自の子なのかも。


 廃屋と思しき建物へと入っていくのを見届けてから、俺はすぐさま少年の後を辿っていく。千里眼発動中は上から映像しか視界に映らないので、道行く人にぶつからないように注意だ。


「えっと、モック診療所――ここか」


 少年たちの逃げ込んだ場所は、病院のようだ。といっても、さっきも言った通り随分前に廃業しているようで、木造の建物は朽ちてボロボロ。いつ崩れてもおかしくないような状況だ。


 お金はきっちり取り戻す。それは確定だが、その後、子供たちのことはどうするか。親がいればいいのだが、それも期待できないだろう。


「……ねえ、これヤバいんじゃないの……こんな大金、俺いままでみたこと――」


「大丈夫だよ。見た感じひょろくてどんくさそうな兄ちゃんだったし、きっと見つからねえって」


「でも、こんなお金、急に私たちがもってたら店の人に怪しまれちゃうよ? 下手したら他の奴らに目をつけられちゃうかも――」


 ふむ、どうやら三人いるようだ。栗毛の少年含む男の子二人と、女の子が一人。


 大人は……いないか、やっぱり。


「――おじゃまします、キミたち、ちょっといいか?」


「「「っ……」」」


「おっと、逃がさないぞ」


 俺の声にすぐさま反応した三人が窓の外から飛び出そうとするものの、その直前で俺の飛ばした魔力の鎖が三人の足に絡みついて拘束する。束縛バインドの魔法で、解呪ディスペルを使わなければ逃れることはできない。


 森の狩りで使うだろうと思って事前に習得していたが、まさか、最初の使用が人間の子供に対してだなんて。


「そこの栗毛の。俺の顔、わかるな?」


「ちっ……魔法使いかよ、くそったれ」


 観念した様子で、少年が俺のほうへ金貨の入った袋を投げる。


 念のため、中身を確認してみる。


 ……ちょっと軽いな。何枚か抜き取ったな。


「バインド」


「っ……!?」


「残りがあるだろう? ……俺だって、あんまりこういう事はしたくない」


 重ねがけして、バインドの締め付けを強くする。といっても、魔力は限りなく抑えているが。


「マルス、もういいよ。あきらめよう」


「お前、俺の名前……!」


「無駄だよ。抵抗したってこの人には敵わない。ミルミも、それでいいよね?」


「うん」


 マルスと呼ばれた少年以外の二人が降参したように両手を上げてみせた。浅葱色の髪色の少年と、紅茶色の髪の少女。今世界の髪色、結構カラフルなんだな。俺の黒髪が随分地味に見える。


「僕の名前はジョルジュっていいます。こっちの女の子はミルミ」


「ジョルジュにミルミ、そしてマルスね。よろしく。俺の名はカオル。……一応、冒険者ってことにしておいてくれ」


「……一応?」


 三人が怪訝な顔をしているが、先生とも名乗れないので、今はそう理解しておいてほしい。まだ仕事はしてないし、これからもそんなにするつもりはないが。


「まずはどこから訊こうか……じゃあ、マルス」


「っ……なんで俺なんだよ」


「お前が三人の中でリーダーだからだ。……随分手馴れてたが、いつもこんなことをやってるのか?」


「悪いかよ」


「当たり前だ」


 事情は察する。状況から考えて、この子たちは孤児だ。まだ子供で、まともな働き手になれないからお金は稼ぐことは難しい。


 だが、お金がなければ生きることができない。だから、悪いことに手を染める。


 そういう意味で同情はする。しかし、だからといって許すわけにもいかない。


 ……そういえば、今の今まで忘れていたが、ジンも似たようなことをしていたな。


 もしかしてこの体、悪ガキを引き寄せる体質も付与でもされているんじゃないだろうか。


「そんなこと僕らもわかってます……でも、どうしてもお金が必要なんです。じゃないと……」


「おい、ジョルジュ――」


「マルスは黙ってて。……もうこの人に話を聞いてもらうしかないだろ」


 こうなった以上、俺も見捨てることはできないか。

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