第15話 寄り道の途中で


 その後、改めて素材を鑑定し、ジャハナムさんは買取価格を提示してくれた。


 ……うん、神の書で事前に調べていた市場価格よりけっこうな色をつけてくれている。聞いたところ、出回っているものよりもかなり質がいいらしい。


 もちろん買い取りをお願いするが、その前に、一つ聞いておきたいことが。


「実は魔法書を探しているのですが、そちらのほうでお取り寄せなどはできるのでしょうか。もちろん、お金は支払います」


「値段の一割を手間賃としてもらうことになりますが、それでも良ければ。まあ、モノにもよりますがね。ちなみに、どんなものを?」


「基礎技術の書かれた魔法書やその他の教科書を、出来れば二人分。実際に魔法学校に通う生徒たちが使っているものなどであればよりいいのですが」


 神の書によると、教養科目の教科書ならともかく、魔法書は基本的に『時価』という。それぞれ魔法学校ごとに違い、生徒へ貸与されている形なので、売り物ではないのだ。


「ふむ……一年生が使うような基礎の基礎であれば、三割でお受けいたしますよ」


 だが、それはあくまで表向きの話。需要があれば、どこかには必ず出回っているものだ。


 ということで、そちらも併せてお願いする。


 二人分揃えるだけで結構な出費……まあ、お金はこれから暇を見ては稼いだほうがよさそうだ。何事も先立つものはまずカネ――世知辛い話だ。


 ジャハナムさんによれば、魔法書の取り寄せに一か月ほど時間がかかるとのこと。教養科目のほうは一週間もあれば手元に届くらしいので、それまでは普通に勉強を教えればいいだろう。


 しかし、教科書か……やはり、自分で執筆したほうがいいだろうか。ちょっとした教材なら教員時代に作っていたので、神の書の力を借りつつ、時間をかければ出来ないこともないと思うが。


 今後のために冒険者登録を済ませて、俺はギルドを出る。これからもお世話になる人たちなので、仲良くしておかなければならない。


「さて、と。ちょっとだけ街を見て回ってみるか――」


 冒険者登録に、ジンとアリサのための教科書や魔法書の取り寄せ。二つの用事は済んだので、二人へのお土産もかねて寄り道をすることにした。


 まあ、それはあくまで言い訳で、こちらの世界に来て初めての街だったので、物珍しいというのもあったのだが。


 街の規模としてはそこそこ大きく、大通りには多くの出店が並んでいる。カゴにつまれた色とりどりの果物や野菜、スパイスやソースとともに焼かれた肉から漂う食欲を刺激する匂い……ついつい、足が引き寄せられてしまう。


 ジンの家で食事はとっていたが、食べ物に関しては正直に言わせてもらって味気なかったので、ちょっと色々つまんでみようか。


 もちろん、ジンとアリサの分も買っていくのを忘れてはいけない。お金のほうは先程の金額がまだ半分は残っているし、みんなの分を買ってもお釣りはくるだろう。


 屋台で買った肉串をかじりながら、色々と商品を見て回る。どれがいいかは神の書に訊けばいいのだろうが、それだとなんだか味気ない。


 はずれを引いて損をするのも、また買い物の醍醐味だったりする。それもこれも、お金に余裕があるからだが。


「いらっしゃい、どれにする?」


「えーっと、そうですね……この赤くて丸い果実なんていいですね」


 リンゴに似た形状のものだ。試しに一個買って、丸かじりしてみる……う、す、すっぱい。


 爆笑しながら店主さんが教えてくれたが、どうやらこちらは熱を通さないと酸っぱいだけで美味しくないようだ。ということは、料理につかったり、またはジャムに使うのがいいか。一応、もらっておこう。


 一通り試して、いちばん甘いものを一カゴ分もらい、これをお土産に。残りは食べかけなので、自分用。まあ、ジンなら食べてくれるか。


「とりあえず、今日のところはこんなもんか」


 冒険者の街なのでやはりメインは夜……俺も健康な体なのでそちらもぜひ見学したいところだが、夕方までには帰ると里長様やジンたちには伝えている。


 まあ、いつかはその時間に。


 ということで、最後にもう一度肉串を買って帰ろうと屋台へ近づこうとした瞬間、


「――っと、ごめんよ、お兄さん」


 どん、とお尻のあたりを押されたので振り向くと、そこにいたのは小さな栗毛の男の子だった。


 多分、ジンと同い年ぐらい……もしかして、ここの街の子だろうか?


「ああ、気にしないで。俺は大丈夫だから」


「ごめん、ちょっとぼーっとしててさ。じゃあ」


 とても人懐っこそうな笑顔を見せて、名も知らぬ少年は手を振って去っていく。


 冒険者の街フォックス――最初の街なので不安もあったが、ギルドのジャハナムさんも店のひとも親切だし、いい街を見つけたと思う。


 思ったのだが……。


「お客さん、はい肉串三本」


「ありがとうございます。えっと、お代の方は――」


 と、ポケットの中に手を入れたところで気づいた。


「……すいません、お金、ないみたいです」


 さっきまで確かな重みのあった財布が、なくなっている。


「まったくもう……余計な用事を増やしてくれちゃって」

 

 もちろん犯人はわかりきっている。人懐っこい笑顔の栗毛色の頭の少年。


 スリの技術は大したものだが……それはそれとして、お金は取り戻さないと。


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