第12話 資金調達


 まずは文字の読み書きから始まった二人との授業だが、ちょっとした悩みがある。


 教科書がない。


 今は転写魔法といって、大きな木の板などに自分の思考を映し出すものがあるのでなんとか成り立ってはいるが、授業で口頭のみの説明だと知識として身に付きにくい。

 

 今日やった範囲の復習、そして次やる範囲の予習。自主学習をしっかりとやらせるには、やはり書物が一番だ。


 もちろん、ここより遥か離れた場所に位置するという魔法学校にいけば、その手のものはあるだろう。もしかしたら、売っているところもあるかもしれない。


 しかし、俺には金がない。無一文だ。


 おじいさん神から授かった神の書はある。魔法を使える丈夫な器もある。


 が、お金がない。


 お金がなくても生活はできるかもしれないが、教師生活を送っていくには教材その他生徒たちに色々教えるための費用は必要だ。


 ちょっとぐらい要求しておけばよかったと、ちょっと後悔する。


「先生、どうしたの? 悩み事? 俺でよかったら聞くけど」


「ん? ああ……ちょっとお金が必要でな」


「お金かぁ……ごめん、それは俺もどうしようもないな」


 それはそうだろう。というか、俺も最初から期待していない。


 どうやって金を稼ぐか。


 一応、神の書にも訊いてみるか。


 この世界の求人情報でいいか? いや、金を稼ぐなら労働だが、それに時間がとられて授業ができないのは本末転倒だ。


 普通の仕事ではなく、一回でそこそこの資金を稼げるものがいい。何かないか。


「あ、先生なら、冒険者ギルドに登録するのはどうかな? 先生ぐらいの魔法の実力なら、ちょちょいってやればすぐにまとまった金が稼げると思うよ」


「冒険者か……」


 神の書に訊く前に、ジンから提案された。


 この世界なら、それが現実的な選択肢としてあるのだろう。遺跡や迷宮に潜って、貴重な宝やアイテムを回収して、それを換金して大金を得る。


 神の書からの追加の情報によれば、そのほか、冒険者にも色々種類があるらしい。

 

 遺跡や秘境で一攫千金を狙うタイプ。賞金首の犯罪者や魔獣のみを専門に狙うタイプ。その他、傭兵として国の騎士団の助っ人になったりetc。


 冒険者になるには、それぞれの都市にある冒険者ギルドに名前を登録することが必須のようだ。そうでないと、たとえ貴重な素材を命がけで取ってきても換金してくれないとのこと。


 後は、登録の際は必ず誰か一人保証人を立てることなど……それなりにシステムがあるようだ。


「先生、冒険者やってみなよ! 先生ならきっと余裕だし、保証人ってのがいるなら、俺が里長様にお願いしてみるからさ」


 里長様とは、この小さな里の代表をしている純血エルフのことだ。ジンとアリサを助けてくれた礼を、少し前に受けたことがある。


 もしダメそうなら、別の方法を考えてみよう。少し時間はかかるかもしれないが、紙を作って自分で教科書を作るのも悪くないかもしれない。作るのに少々試行錯誤を重ねなければならないだろうが……そこは努力しよう。


 ※


「……わかりました。協力しましょう」


 翌日、ジンと俺で里長様の家へ行き、昨日のことについて事情を説明すると、意外にもあっさり許可をしてくれた。


 保証人だからかなり難色を示されると思ったが、意外にすんなり終わってほっとしたというか、逆に拍子抜けである。


「やった! これで俺の先生の名が世界に轟くな!」


 いや、冒険者としての仕事は一回で済ませるつもりなのでそれは無いと思うが……しかし、ジンはすでに俺がすごい冒険者になることを信じて疑っていない。


 確かに、あの魔法の威力を目の当たりにすれば、バイアスがかかってもしょうがないが、しかし、俺の撃った暗黒波動ダークブラストだが、神の書によれば、アレは汎用魔法。つまり、使用法が確立されているものでしかない。


 この世界は広い。多分、上には上がわんさかいるはずだ。自分だけの固有魔法オリジナルを扱えるような、天才と呼ばれるような飛びぬけた存在が。

 

「しかし、いいんですか? 自分で言うのもなんですが、俺は旅の人間……あなたたちを裏切るかもしれないんですよ?」


「それを自分で言ってしまう時点で、あなたは相当なお人よしですよ」


 里長様は、そう言ってクスクスと笑う。


 彼の話によると、すでに年齢は400歳を超えているらしいが、長命種なだけあって、それを感じさせないほど、外見は若々しい。白金色の、宝石のような長髪が煌めいている。


 俺が元居た世界なら、二十代前半にしか見えない。


 というか、数字上ではかなりの年下である俺のほうがよっぽど老け顔だ。


「もしあなたが目の前の金に目がくらんでジンやアリサを置いてどこかに逃げるのだとしたら、それは私の見る目がそれだけのことだった、というだけです。なので、迷惑だとか、そんなことは考えず思い切りやってくれればよろしい」


 そう言って、里長様はギルドへ渡すための書面を用意してくれた。これがあれば、問題なく登録できるのだという。


「それに、私はあなたに期待しているのです。故郷から追い出された者たちしかいない我々の里を、いずれここが故郷だと子供たちが胸を張って言えるぐらいに発展させてくれるかもしれない、と」


「俺が、ですか?」


 そんなまさか。あるはずがない。


 俺はただの元教師だ。里を大きく発展させるような経営的な才覚など持ち合わせていない。


 ジンやアリサなど、子供たちなら可能性はあるかもしれないが。


 ともかく、その可能性のためにお金を稼がなければな。

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