第10話 追放者の里


 その後、ジンの家のベッドで治療に専念したこともあって、傷一つなく元通りの器の姿に戻った。


 折れた両腕を動かしてみる。違和感、痛み、どちらもない。


 寝ている間もずっと回復魔法をかけていたのだが、この魔法、どうやら回復の中でもかなり上位のものらしく、あっというまに複雑骨折を治してしまった俺に、ジンとアリサは目を丸くしていた。


「なあ先生。ウチの集落、案内しておくよ。まあ案内っていっても、大した広いわけじゃないんだけどさ」


 ジンの家から出た俺が見たのは、森と一体化して暮らす人々の姿だった。


 大樹の幹の中をくりぬき、その中を居住空間としているらしい。他の家らしき木とは丈夫そうな蔓で繋がっていて、そこを伝って移動する、と。


 樹上生活が基本ということか……神の書にそれとなく聞いてみる。エルフの生活様式に合わせた生活のようで、少なくとも、この集落では畑や家畜といったものはない。


「ここにいるのは、皆ハーフエルフなのか?」


「ううん。ちゃんとしたエルフも居れば、ただの人間もいる。俺の家族は、父さんが純血で、母さんは人間」


「私はお母さんのほうが純血です。もちろんハーフエルフ同士の人もいますけど……」


「なるほど」


 アリサが言いにくそうにしていたので、こちらから会話を打ち切った。


『エルフの国、特にハイエルフには純血主義思想が色濃く残っており、人間と交わったものは全て追い出している』――神の書の記載。


 なるほど、それでジンが『大して広くない』と言ったのか。


 つまり、この集落は、ハイエルフの国からの追放者たちが集まって形成されたコミュニティなのだ。


 周辺にレイジオーガのような危険極まりない魔獣が棲息している時点で、この場所に集落を作るのはあまり適切ではないはずだが、こういう場所じゃないと作れないという事情もあるのだろう。


「なあ、先生。ところでさ、さっき撃ったあのでっけえ黒い稲妻ってさ、なんていうんだ? あれ、俺も練習すれば出来るようになるかな?」


「ダークブラストだけど……いや、あれはやめておいたほうがいい」


 あんなのぶっ放していたら、体がいくつあっても足りない。


 神の書によると、本来あれは単身ではなく、二、三人で協力し、発動時の反動を抑えた上で放つ必要があるとのこと。


 ……なぜそれをどう考えても単身の俺に提示したのだろう。


 神の書はだんまりを決め込んでいる。


「先生? どうしたんだ、さっきから右手と会話でもしてんのか?」


「あ、ああ、まあな。えっと……あの魔法を使うには、ある者との契約が必要でな。教えて簡単にできるものでもないし、撃つたびにボロボロになる。死にたくないのなら、もう一度言う、やめておけ」


 多分、嘘は言っていない。

 

 この分だと、もう一つの火砕竜巻インフェルノも似たような感じだろう。


 この際だから、他の魔法についても神の書に訊いておこう。


 まとめて禁止にしなければ。


「……!」


「ん? どうしたジン」


 少し厳しめな口調で言ったおかげか、ジンが俯き震えている。怖がらせてしまっただろうか。だとしたら悪いことをしたかも。


「……かっけえ」


「え?」


 と思ったら、今まで以上に目を宝石のようにキラキラと輝かせていた。


「なにそれ! 先生、それ格好良すぎじゃん! 契約って誰とするんだ? 闇の眷属? 撃つたびに自分の体と引き換えにして敵を滅殺する? 先生いいな~、俺も! 俺も撃ってみたい!」


「…………」

 

 脅かすつもりが、逆効果だったらしい。……詳しく訊かないで欲しい。ぶっちゃけた話、俺にもよくわからない。


「すいません、先生。ジンくん、そういうのに目がなくて……」


「そ、そうだったのか」


 まあ、このぐらいの年頃の男の子ならそうかもしれない。


 俺もジンと同じ年齢ぐらいの時は、漫画とかアニメでそういうものに憧れていた記憶がある。


 まさか、この歳になってからこんなものを使うとは思わなかったが。


「決めた! 先生、俺に魔法を教えてください! ほら、アリサも一緒に。頭下げろよ」


「えぇ……そ、そんないきなりそんなこと言われても……お父さんとお母さんに相談してみないと。ジンくんだってそうでしょ?」


「そんなことしてたら、先生がどっかに行っちまうかもしれないだろ! その前に約束を取り付けておかないと!」


 そう言って、ジンが頭を下げる。それから、巻き込まれる形でアリサも。


 こうして頼まれると、どうにも断りづらい。


「先生、この通り。父さんと母さんにお願いして、しばらく俺んちに泊まっても大丈夫なようにお願いするから!」


 拠点ができるまで居候か。野宿は出来れば避けたかったので、もし許可がとれるならお願いしたいが、そうなると約束は守らないといけないな。


 ジンとアリサ……これまで俺が担当したクラスのクソガキどもとは比べ物にならないぐらい純粋でいい子だ。ドブみたいなガキの目をしこたま見てきた俺だからわかる。


「わかった。そんなに言うなら、引き受けよう」


「! 本当か?」


「約束する。だが、その前にちょっとだけ……そうだな、十日ほど準備期間が欲しい」


 了解をもらい、俺はしばらくジンの部屋に居候することとなった。


 生活の拠点が出来る前に教え子が出来てしまったが、まあ、この子たちなら構わないだろう。


 さて、生徒ができたということは、今後授業のための準備を色々としなければならないわけだが……神の書、これからお前には苦労を掛けるが、俺の目的のためせいぜい頑張ってもらうぞ。


 ……反応が悪い気がするが、気のせいだろうか。

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