第9話 ジンの家


「……」


「――! ……。」


 なんだろう。


 誰かの声が聞こえて、俺は意識を取り戻した。


 お香でも焚いているのだろうか、とても落ち着く香り。


 徐々に視界がクリアになっていく。


 天井の木目をぼんやりと眺めながら、俺は考える。


 ――ここはいったいどこだろう。


 直前の記憶だと、確か俺はレイジオーガとかいう魔獣と戦っていたはずだ。


 俺の数倍はあろうかという巨体――確実に倒せるよう、俺が選択したのは、最初に神の書が示してくれた闇魔法、暗黒波動ダークブラスト


 それを放ったときの記憶は残っている。


 ビリビリと全身が痺れるような感覚の後、黒い雷が放たれ、その凄まじい衝撃に、俺はそのまま後方に吹っ飛ばされたのだ。


 やりすぎた。それが、放った瞬間の俺の脳裏によぎった考えだった。


 確かに倒した。倒したのだが、消し飛んだ。いくらなんでもオーバーキルすぎる。


 ゴロゴロと地面を転がりようやく木の幹にぶつかった俺は、薄れゆく意識の中で、なんとか回復を試みようと魔法を使って、そして、そのまま魔力欠乏を起こし――。


「あ、ジンくん。先生、気が付いたみたいだよ」


「お、そっか! よかった!」


 安堵した表情で俺の顔を覗き込む二人。


 ジンと、それからアリサだったか。


 ベッドに寝かせられているのと、それから腕が添え木で固定されているのに今さらながら気付いた。


 どうやら、気絶していたところを二人に介抱されたようだ。


「……すまない。助けようと思ってお節介を焼いたのに、逆に助けられてしまった」


「構わないよ。あのまま放っておいたら、どのみち俺らもやられちゃってたし。あ、ここ俺んち。ちょっと狭いけど我慢してくれよな、先生」


「先生?」


 ジンもアリサも俺のことをそう呼んでいる。


 先生。


 久しぶりにそう呼ばれた気がする。最後に呼ばれたのはいつか記憶をたどってみるが、おそらく教育実習のときが最後だったろう。


 その後は、生徒も同僚も、俺のことを虫みたいに扱っていたから。


 とはいえ、なぜ『先生』なのだろう。


 俺の前職は教師だが、この世界ではまだ魔法の使える放浪者でしかない。


 あと、この二人を生徒としてとった覚えもない。


 もちろん、どこかの学校に入りこめたり、個人で塾なりが始められれば、問題ないのだが。


「あ、やっぱ勝手に呼んじゃまずかったかな? 俺もあんなふうなすげえ魔法を使えればと思って」


「それで、俺の教えを請いたいから先生、と」


「……まあ、そんなとこ」


 照れた様子で頭をかくジン。こういう仕草を見ると、彼もまだ子供なのだなと思う。


 二人を見る。

 

 外見の感じからいうと、ちょうど十二歳、三歳ぐらいだろうか。


 そういえば、この世界の成人はいくつなのだろうか。


 神の書……は、見れる。どうやら手に持っている必要はなく、意識して視線を向ければ反応してくれるようだ。


 ……十五歳で、一応は一人前扱いされるのか。以前の世界なら、まだまだ子供だ。


「呼び名なら、好きによんでくれていい。だが、魔法の先生についてはちょっと待って欲しい。……そんな顔をするな。教えないと言っているわけではない」


 しょぼんと肩を落としたジンに、俺は言う。


 教えろ、と言われても、俺が魔法を使えるのは、神からもらった器と神の書のおかげで、どういう原理なのかはいまいちよくわかっていない。


 人にものを教えるのなら、まずはそこを徹底的に勉強する必要がある。


 魔法もそうだし、この国の言語や歴史、文化……いろいろなことを。


 先生になるのは、それを全て知ってからだ。


 今の俺は、この世界では少々世間知らずすぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る