第8話 俺の先生
※
「す、すげえ……!」
蹂躙しながら森もろとも敵を吹き飛ばす黒い衝撃波を見た瞬間、俺の口から感嘆が漏れ出た。
なんだ、あの魔法。
すごい。すごすぎる。
属性的には闇魔法なのだろうが、あんなはちゃめちゃな威力の代物なんて見たことがない。知らない。
あれをぶっ放したのは、さっきまで俺と一緒にいた若い兄ちゃんである。
あんな人に、俺は怪しい人間だと、半ば喧嘩を売ってしまったのだ。というか、実のところ、あの人を襲ったのも脅かしだけのつもりで、あのまま逃げてくれればそれでよし、ものを置いて逃げてくれれば、まあそれはそれで……ぐらいの軽い考えだったのだが。
今更ながら、己の愚かさが恥ずかしい。
相手は最後まで子供の俺に手加減して、誠実に話した上で見逃そうとしてくれていたのに、それに気づかず無謀にもこんなちゃちなナイフ一本で脅かそうとしていたなんて。
もし、あの人がちょっとでも力を出していたら、俺の頭を吹っ飛ばすことなど容易だっただろう。
だが、あの人は決してそうせず、しかも、危険を顧みず幼馴染のアリサまで助けてくれて――。
「……ジンくん、ねえ、ジンくんってば」
「!? っ……お、おお、なんだよアリサ」
「すごい魔法だけど……あの男の人大丈夫なのかな? 様子、見に行ったほうがいいんじゃない?」
「そっ、そうだな」
この辺一帯吹き飛んだから、多分レイジオーガは塵一つ残さず、あの黒い蛇にのまれただろう。
そして、詠唱した張本人。
あれだけの威力の魔法だから、放った本人にかかる衝撃も半端なかったはずだ。
助けられたお礼もあるし、このまま帰るわけにもいかない。
アリサの手を引いて、俺はあの人のいるであろう方角を目指す。魔法による傷跡がはっきりと残っているから、発見のほうは絶やすい。
アリサと協力して、手分けしてあの人を手分けして探す。
そういえば、名前を聞いていなかった。
なんて呼べばいいだろう。幼馴染、いや、俺たちの命の恩人だから、~様、とかだろうか。
「ジンくん、あそこ」
「! ああ」
アリサが指さした先に、その人はいた。大樹の幹をもたれかかり、座り込んでいる。
「大丈夫か?」
俺の言葉に、その人はこちらを見て頷いた。
無事でなによりだが、右腕があらぬ方向に曲がっているのと、左腕の関節が一つ増えている。
これはひどい。
回復魔法を使って治癒しているようだが、光が弱い。多分、さきほどので魔力欠乏を起こしているのだろう。
あれだけの威力の魔法を一人で詠唱したのだ。むじろ死なずに回復を試みるほうが異常である。
「二人とも無事……だったようだな」
「え、う、うん。おかげさまで。アリサ、ほら、お前も頭を下げろ」
「うん……あ、ありがとうございます」
ペコリ、と俺たち二人は頭を下げると、その人は満足そうに笑った。
「そういえば、あの魔獣は……」
「多分、死んだと思う。ってか、生きてたらすげえよ」
「そうか。次からは気を付けるように、な――」
「!? おい――」
俺たちが無事だったことに安堵したのか、緊張の糸が切れたように、その人は気を失った。
体の方は、回復魔法のおかげで応急処置は済んでいる。添え木でがっちり固定しておけば、折れた腕は大丈夫だろう。
念のためその他の損傷を負ってないか確認する……うん、背中の一部が内出血でわずかに青くなっている以外は、大したことはない。
当たり所がよかったのかもしれない。もちろん、元々の体が意外に丈夫というのもあるのだろうが。
「アリサ」
「うん。助けてあげよう」
俺の言葉に、アリサが頷いた。
まだ何をするつもりか言ってないのだが……本当に、俺のことならなんでも知っている。
二人で協力して、名も知らぬ命の恩人を担ぎ上げる。
支えてみて初めて分かる。
予想に反して、軽い。
こんな細身の体に、あれだけの魔力が。
やはり、この人はすごい。
「なあ、アリサ」
「なに?」
「俺、この人の弟子になろうと思う」
「え……?」
呼び名が決まった。
幼馴染は戸惑っているようだが、関係ない。
今日から俺は、この人を『先生』と呼ぶことにする。
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