第7話 暗黒波動 2
「この叫び声……ちっ、いつもは滅多に遭遇しないってのに……!」
地鳴りのような叫びがこだまとなって辺りに響く中、少年が俺に背を向けて逃げ出していく。
「あ、おい」
「あ!? なんだよ!」
「その、いいのか? 俺のことを見逃したりして」
「は? あんた、ボケてんのか? そんなことより、さっきの声、レイジオーガだぞ。こんなところでのんびりしてらんねえよ、逃げなきゃ」
レイジオーガ……どうやらそれが先ほどの咆哮の主らしい。あれだけの叫びだから、大きさもかなりのものか。
すぐさま千里眼の魔法で確認。声のした方へ。
――見えた。北東の方角、およそ100メートル先。
獅子のような顔とたてがみに、大岩のような体躯。手には巨大な真っ赤な棍棒を持っている。
棍棒の赤は……おそらく、これまで砕いてきたのだろう魔獣などの血肉か。ところどころドス黒くなっている。
俺や少年の姿を察知したわけではないらしいが、危険な魔物なのは間違いないだろう。
「しかし、あんなヤツが近くにいて、お前は気づかなかったのか?」
「獲物を確実に殺せると判断するまで、アイツら気配を消すんだ。駄々洩れ状態だと、誰も近づかねえから。……ってか、そんなこと一々俺に訊くなよ! 常識だろうが!」
なるほど、探知に引っ掛からなかったわけだ。探知についても、もう少し色々できるよう経験を積んでいくしかない。
少年のほうは、ひとまず俺の対応については後回しにしてくれたようだが。
しかし、それでは困る。
「っ……おい、アンタなにやってんだよ!?」
「ん? なにって、アイツをなんとかしなきゃいけないだろう?」
俺の方は逃げることはせず、逆に魔獣との距離を詰めるべく、少年が走るのとは逆方向へ行く。
「はっ……? アンタ、本気で言ってんのか? アイツはこの辺じゃ最強の魔獣……ウチの里長様とか、他にも里のハイエルフ数人集めて、ようやくなんとかなる相手なんだぞ?」
エルフの手練れ数人でようやく対等以上。なるほど、確かにやばい相手かもしれない。
俺は一人。もしかしたら、あっという間に食われてしまうかも。
だが、しかし。
「……おい、エルフ少年。お前の名前は?」
「名前……ジン、だけど」
「そっか。ジン、一つ聞く。今、レイジオーガからこちらに向かって逃げている女の子は、お前の知り合いか?」
「っ……!?」
どうやら、知り合いのようだ。
さきほど様子を観察していた時、ちょうどジンのような耳をした女子が必死の形相で逃げているのを確認していたのだ。
それを先に言え、とジンの目が言っているような気がする。
「ジン、女の子の名前は?」
「……アリサ。俺の幼馴染」
「彼女か?」
「か……ば、バカっ! そんなんじゃねえよ!」
ガールフレンドのようだ。
なら、なおさら助けなければ。
それに、目の前に困った子供がいるのなら身を挺してでも守るのが、大人の仕事である。
(来い)
俺は神の書を開く。
「……ジン、俺が注意を引き付けるから、その間にアリサを助けてやれ」
「いいのか?」
「ああ。そのほうがあの子も嬉しいだろう」
「う、うるさいな……で、それはいいとしてアンタはどうすんだ?」
「なんとかするさ。俺にもやりたいことはあるからな。まだ死にたくはない」
「で、具体的にはどうすんだ? 出来ることなら協力してやるけど」
「神頼み」
「……は?」
いよいよジンに首を傾げられたが、俺もそう言うしかない。これについては許してほしい。
一時的に手を組むことにしたジンとともに、俺はすぐさまアリサを追いかけまわすレイジオーガのもとへ。
【ゴオオオオオオッ!】
「ひっ、ジンく……助け……!」
確認した。息は上がっているが、足がもつれている様子もないし、もう少しなら走れるだろう。
「ジン」
「ああ!」
二手に分かれ、俺はすぐさま『ライトニング』の詠唱に入る。
ベビィボルトにしようと思ったが、あの図体だ。気づかない可能性もあるので、威力を一段階上げることにした。
「アリサ、こっちだバカ!」
「! ジンくんっ」
アリサがジンに気づいて方向を転換した瞬間。
呪文を詠唱。放つ。
【ゴッ……!!??】
アリサを狩ることに集中していたのだろう。意識外からの雷撃に、レイジオーガの体が大きく揺らいだ。
そのまま倒すほどまではいかなかったが、ライトニングによって体毛の一部が吹き飛び、そこからわずかに血が滲んでいる。
注意をこちらに向けるにしては少々やりすぎだったか。しかし、予定通り。
【バオオオオオオオオオオッッ!!!】
先ほどのよりも、さらに激しい咆哮が俺へと向けられる。
音の振動でどうにかなってしまいそうだが、体のほうには特に影響はない。この器、本当に丈夫だ。
……いったい、どこまで無茶できるのだろう。
「こっちだ!」
俺は再びライトニング発動の構えをとり、詠唱に入った。
もう少し出力を上げて、さらにもう一発――。
【――ッッ!!】
「なっ、速っ……」
しかし、俺が再び魔法を発動しようとした瞬間、俺の眼前に映ったのは、真っ赤に染まった巨大な棍棒。
巨体なので侮っていた。虚を突かれた俺は、勢いよく後方へと弾き飛ばされた。
「っ、止まれっ……」
この勢いで障害物に激突すればひとたまりもない。木々の間を縫うようにして、飛行魔法によって体を動かす。
「いっづ……!」
咄嗟に防御したせいで、右腕が折れていた。いや、むしろ右腕で済んだというべきか。まともに受けていれば全身を強く打ってまもなく死亡だ。
【オオオオオッ!!】
その巨体を軽々と跳躍させて、レイジオーガが俺のすぐそばまで迫る。
よくも狩りの邪魔をしてくれたな、殺してやる――そう言わんばかりの怒りの形相。さすがレイジオーガ。
「だが、やられるのはお前だ。残念だったな」
呪文の詠唱に時間がかかったが、これでようやく撃てる。予定通りだ。
この辺が更地ぐらいの強力な魔法のようだが、これなら確実に仕留められる。
左腕をまっすぐ突き出した俺は、その魔法の名を口にした。
「
――――――――――――――――――――――――
黒いヘビのような形となった衝撃破が放たれた瞬間、俺の世界から音が消失した。
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