第6話 暗黒波動 1
エルフ――いや、半分正解ってことはハーフエルフか。
まさかこんな形で出会うとは思っていなかった。
俺を襲っているということは、この周辺に居合わせた形なのだろうが、さきほどの探索魔法には引っ掛かっていなかった。
人型だが、厳密には人間ではないということだろうか。神の書にそのへん確認しておきたいが、ナイフを向けられているこの状況では難しい。
「こんな場所に人間がたった一人だなんて珍しいじゃん。どこから来た?」
どこから来た、と言われてもどう返していいか困る。
日本という国で死んで、そこをおじいさんの姿をした神様らしきに拾われて……いや、そんなこと言っても信じてくれるはずがない。
「えっと、遠いところ、かな?」
「……は?」
何言ってんだコイツ、という顔をされた。
そうかもしれない。この場所を考えれば人の住んでいるところなど、どこであろうと遠い所だ。
「なあ、とりあえずその手にもってる危ないものを下ろさないか?」
「あんたが怪しいヤツじゃないってことがわかったらな。そうしたら、考えなくもないかも」
よく手入れされたナイフだ。人を切り裂くという、本来の目的に特化したぎらりとした銀の光を放っている。
正直、ちょっと怖い。
「怪しい奴じゃないって言われてもな……俺は何も持ってないぞ。ほら、この通り手ぶらだし、ポケットだって」
服についているポケットの中身を全て見せ、凶器、それからお金など、何も持ってないないことを証明すべく、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
学生時代、カツアゲされていた苦い過去がなぜかよぎった。
「ふうん。にしてはその服……靴とかもだけど、大分丈夫そうに見えるけどね。名のなる冒険者の人が着るような、高くて丈夫な服だ。武器とかも仕込めるって聞いたことがあるよ」
「え?」
そうなのだろうか。
ワイシャツにネクタイ、スラックスという、死ぬ直前の服装だと違和感ありまくりだからと、この世界の様式の『普通の服装』に合わせたと、そうおじいさん神は言っていたが。
神の基準ではそれが普通なんだろうか。だが、信用されてない理由はなんとなくわかった。
こういう人間が、フラフラと出歩いていい場所ではないということらしい。
「盗賊かもと思ったけど……じゃないとすると旅人? いや、でもそれだとますます怪しいし……その服脱いで、裸でどっか行ってくれるってんなら、まあ、見逃してもいいけど」
「……それは困る」
それほど意識していなかったが、この森、少し肌寒い。太陽が空のてっぺんにあるこの時間でこれだから、夜になれば、さらに気温は落ちるだろう。
それに、素肌をさらすのもよくない。噛まれて炎症を起こす可能性のある昆虫や、ヤマビルのような生物だっているかもしれない。自然の中は、危ないものだらけなのだ。
「とにかく、今の君には怪しく見えるかもしれないが、俺は君にも、君の家族にも危害を加えるつもりはない。そこはもう信じて欲しいとしか言えない」
「う~ん……」
俺の言葉に少年の瞳も迷いを見せているようだが、しかし、納めてくれる様子はない。
どうしよう、困った。
だが、今の俺には神の書がある。これは俺だけのもので、他人からは見れないようになっているそうだ。
なので、不意打ちで魔法を使ってその隙に逃げるという手もある。
先ほどの雷の魔法で脅かすか、もしくは目くらましの魔法か。手段はいくつかある。
だが、何の当てもなく逃げたところでどうにもならない。この世界に来たばかりの今、俺に帰る場所など何もない。
少年にナイフを突きつけられるという少し危ない状況であるが、これはある意味でチャンスだ。
今、この場にハーフエルフの少年がいるということは、近くに彼の住む集落があるはずだ。おそらく、狩りか採取かの作業をしていた時、たまたまフラフラと歩く俺と遭遇してしまったのだろう。
もし、ここでうまく誤解を解き、和解することが出来れば、そこに案内してくれる可能性もある。
そこの代表者の人に頼み込んで少しの間だけでも居候させてくれれば――。
なんとかして、そのきっかけをつかみたいが――。
やっぱり追いはぎ承知で服を脱ぐべきだろうか。いや、なんの謂れもないのにそんなことするのは――。
【――バオオオオオオオオオオオオッ!!!!】
「「!?」」
頭の中が選択肢でいっぱいいっぱいになりつつあった瞬間、森全体を揺るがすような咆哮が響いたのだった。
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