第5話 最初の出会い


 目星をつけていたのもあって、目的の川はすぐに見つかった。


 人が一切いない環境だからだろうか、流れる水はとても澄んでいて綺麗だ。


「……うん、うまい」


 休憩なしでずっと歩いて喉が渇いていたせいもあり、やたらとおいしく感じる。


 舌に残るわずかな甘みと、冷たいのどごし。ついつい飲み過ぎてしまいそうだ。

 

 この後、もうしばらく活動する必要があるので、ほどほどにしておいて。


「俺の顔……なんか格好良くなってるな」

 

 水に映る俺の顔を見る。


 よく似た器を用意した、とおじいさん神は言っていたが……全体的に顔がシャープだし、瞼も二重。

 

 死相が浮かんでいる、と怖がられるほど深く刻まれた目のくまは、綺麗さっぱり消えていた。


 あとは、肉体も。不摂生によって腹が出た情けない体型はきっちりと引き締まっていて、頭髪も若々しい。まるで学生のころの俺に戻ったみたいだ。


 まあ、これも神の施しというやつだろうか。


 もしかしたら、こうしてサバイバル環境にあっさり適応できたのも、この器が影響しているのかもしれない。魔法も使えるし。


 とりあえず、ありがたく受け取っておくことにする。


 顔を洗いさっぱりしたところで、俺は次の行動に映る。


 水場は確保した。あとは食べるものだ。


 一応、ポケットに先ほど取った木苺のようなものや、危なそうな色ではないキノコがある。


 神の書に訊いてみる。どちらも『一応』は食べられるらしい。



(※ただし、味は保証しない)



 そう、注釈がついていた。



 とりあえず、これらは最終手段ということで。



 ちなみに川は規模が小さすぎて、食べられそうな魚はいなかった。水質は綺麗なのでもしかしたらと思ったが、残念。


 魚がいそうな泉など探そうにも、近くにはないので、必然的に野生動物を狩ることになる。


 確保していた食糧はいったん川の近くに置いて、俺は茂みの中を進んでいく。


 狙うはこの辺の植物や花、雑草などを食べて生活する小動物。大物もいるが、危険だし、もし仕留めても血抜きや解体、保存が非常に大変だ。

 

 俺には情報はあっても、経験はない。なので、まずはできるだけ簡単なところから。


 それでも苦労はするだろうが。


 息を潜めて、探索魔法を使う。今度は人ではなく、野生生物に絞る。


 目を閉じ、聴覚に感覚を集中させて……いた。俺の存在に気づいているようで、身を隠しているが、息遣いが聞こえる。


 場所は……ここから三十メートルほど離れた木の陰。数は一匹。

 

 俺と同じで食糧を調達している最中だろうか。悪いことをしたかも……そんな考えが頭をよぎるが、気にしていたら俺が飢えてしまうかもしれない。


 すまないが、『いただきます』だ。


 しびれを切らして陰から出たところを狙うため、ぐっと息を殺して待つ。


 魔法は……うん、『ベビィボルト』というヤツでいいだろう。雷魔法の初歩らしいが、小動物ぐらいなら、これで気絶させられる。


 五分待ち、十分待ち……狙撃することに精神を集中しているのもあって、やけに周囲が静かに聞こえる。


 狙った獲物のわずかな挙動も見逃さない。動きがあった瞬間に狙撃する。


 直後、相手に動きが。


 どうやら強い風が吹いた瞬間を見計らって姿をくらまそうとしたらしい。


 茶色の毛並みの、額に鋭い角があるウサギ。魔獣というやつだろうか。


 とにかく今がチャンスだ。


「いけっ」

 

 距離を取ろうとするウサギに狙いをつけて、俺が魔法を放とうとした、その瞬間。


 ぞわりとした感覚が、俺の首筋を走り抜けた。


 上――?


 いつの間に近付いてきていたのか。とっさに見上げると、俺の方へ向かってまっすぐに降下してくる人影が。


 狙撃体勢をすぐさま解除して、俺は倒れ込むようにして草むらから抜け出た。


 尻餅をつく。痛い。


「――へえ、冴えない顔にしてはなかなかいい反応してんね」


「……子供?」


 俺の前に立っていたのは、綺麗な金髪をなびかせた背の低い少年。


 俺以外にも人間が……と思ったが、よく見ると、すこし様子が違うことに気づく。


 やけに白く美しい肌や翡翠色の瞳はもとより、もっとも特徴的だったのは、人とは明らかに異なる尖った耳。


 これはさすがに俺も知っている。物語で良く見る種族だ。


「……もしかして、エルフか?」


「半分正解。……まあ、そんなことはどうでもいいでしょ」


 そう言って、エルフの少年は腰に下げた鞘からナイフを抜き放った。


 異世界での最初の出会いだが、どうやらあまりいいものではないらしい。

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