HAPPY MERRY CHRISTMAS

燕子花 白

クリスマスの朝


 まず、枕元を探す。

 しかし、それはすぐに終わる。

 だって、起きたときにはもう見えてる。

 この物語の結末なんて。


 * * * 


 いい子にしていればサンタクロースがやって来る、なんて言葉は嘘だと思った。だって、わたしにサンタクロースはやって来ないから。わたしはいつもいい子にしてる。テストはいつも満点を取るし、体育の授業ではいつも一番。図工も家庭もなんでもできるし、先生の言うこともちゃんと聞く。だからみんな優しくしてくれる。先生もみんなも口を揃えて言う。ふうちゃんはいい子だね、って。

 でも、わたしにサンタクロースは来ない。

 今年も、来なかった。

 来ないって分かってるのに、寝る時は少しそわそわしちゃうし、朝もちょっと早く目を覚ますの。

 そして。

 まず、枕元を探す。

 しかし、それはすぐに終わる。だって、起きたときにはもう見えてる。冬の朝日に照らされた枕だけが。……でも、ゆっくりと辺りを見回す。目を凝らす。足下を見る。なんにもなかった。

 ベットの下も探すし、自分のだだっ広いも探してみる。やっぱり、ない。

 あーあ。

 毎日お祈りしてたのに。

 毎日、誰よりもがんばったのに。

 瑠奈ちゃんとか真澄ちゃんに意地悪されても、何も言わずに我慢していたのに。

今度は文句、言っちゃおうかな。それか先生に言いつけてやる。隠された筆箱も、びりびりになった百点満点のテストも、戻ってこない。

 そうしようと決めて、少し戸惑う。やっぱり、やめる。


 “こびとさんはみんなのすぐ近くにいて、みんなをみているの。そしてそれをサンタさんに教えている。みんながちゃんと、いい子にしてるか”


 こんな事をどこかで聞いたことがある。

 ……でも、わたしはいい子にしているのにな。

 サンタさんは忙しいし大変かもしれないけど、一度だけでも、わたしにプレゼントをくれてもいいのに。

 この寒い季節を少しだけでも温かくしてくれればいいのに。


 あれ?


 そうえば、わたしがクリスマスを知ったのはいつだったのだろう?


 * * *


「ふうちゃんはわるい子なの?」


 * * *


 家の近くの空き地。それはみんなの秘密基地だった。るなちゃんと、こうすけくんと、みさきちゃんと、ともくんと、あとわたしがいた。その日は十二月二十五日。


「ねー、見て! これたまごっち! かわいいでしょっ?」

「ぼくは3DSー!! いいでしょー?」

「私は、しるばにあふぁみりー、だよ! ね、ともくんはなにもらった?」

「オレはポケモンカード! 一緒にやろうぜ! 3DSいいな~オレも欲しい!」


 なんのことか分からなくて、でも、疎外感だけはあった。


「えー、もしかしてーふうちゃんはこなかったのー? へんなの~」

「どしたの? ふうかちゃん?」

「きょうは、めりーくりすます、だよ? ふうちゃん、もしかしてわすれちゃってた?」

「ふうかはドジだな~。じゃ、オレとバトルしようぜ!」


「あはは、そうだった~!」わたしはきっと、笑って、こう言った。「じゃ、ともくん! 一緒に遊ぼっ?」


「いこうぜ!」

「しるばにあふぁみりーもしようよー」

「ぼく、はるなちゃんのおうちにいく!」

「あたしもあたしも~!」


 十二月は白くない季節だった。少なくともわたしにとっては。


 そしてわたしは呟いた、「めりーくりすます、か。」


 * * *


「儂らの時はクリスマスなんぞなかったぞ!なにがサンタクロースじゃ、甘ったれんな!」

 わたしの呟き、テレビの画面。大きなツリーと色づく町。

 祖父は何故だか、それらに過剰に反応した。「これだから最近の若者は」

 いつも苛立っている祖父は、祖母が死んでから、さらに怖くなった。全てに憎しみを抱いた。世の中が騒ぐほど、楽しそうにするほど、その感情が大きくなっている。そのことを知るべきだった。わたしは。


 おじいちゃん、どうしたんだろう。さいきん、げんきがないな。だいじょうぶかな?


 小さいころのわたしはただ純粋に、心配をしていた。


「どうしたの?おじいちゃん」

「チッ、こっちに来るんじゃない、厄介ごとが。余ってる金なんぞないわい」


 シッシッ、手でやるそのジェスチャーはわたしを一人にしたがる、瑠奈ちゃんや真澄ちゃんによく似ていた。寂しいしぐさ。

 その時、わたしは“厄介ごと”が何か分からなかった。でも、祖父はいつもより怒っていたし、怖かった。幼いわたしでもその嫌悪感を感じていた。

 “散歩に連れてってくれた、お餅を焼いてくれた、優しいおじいちゃん”じゃないんだ。もう、わたしと話してくれる人は、仲良くしてくれる人はいないのかな。わたし、きちんと、いい子にしているのに。


 今のわたしは、やっと、これが孤独であると知った。

 かつては、ただ、わたしにはクリスマスがないんだ、と。


 だからその年のわたしのクリスマスプレゼントはおおきなバターケーキにした。




わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしは、いい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいい子。

わたしはいいこ。

わたしはいいこ。

わたしはいいこ。

わたしはいいこ。

わたしはいいこ。

わたしはいいこ

わたしはいいこ

わたしはいいこ

わたしはいいこ

わたしはいいこ

わたしは。

いいこ



 

 黒板を消す。わたしは優等生で、クラス委員長をしていた。


「サンタクロースなんていないんだよ」

「どうゆーこと?」

 あの秘密基地の仲間もいつの間にか話さなくなっていた。が、美咲ちゃんと幸輔くんだけは別だった。いつも仲よく話してる。

「理論的に考えておかしいだろ」

 サンタクロースはいない。このことはわたしたちの間で新しく出来た常識だった。

「はいはい、そんなことより、クリスマスプレゼント何にする?私、新作のコスメが欲しいな」

「そんなんでいいのかよ?俺はニンテンドースイッチを買うぜ!」

 最近の小学生がませているという話はよく聞く。

 使えもしないコスメやただただ時間の無駄であるようなゲームを欲しがる。…どうせ直ぐに飽きるのだろう。

「え?買う、ってどういうこと?」

「だって、わざわざ枕元において貰う必要ないだろ」

「でも、クリスマスって感じしないじゃん!」

「別にいいだろ、…どうせ、親なんだし」

 黒板消しが落ちる。それは休み時間の雑音にかき消される。

 自分はなんと愚かなのだろう。サンタクロースがいないことを理解しながら、誰がプレゼントを贈ってるかを考えたことがなかった。

 親、か。そんなもんか。

 サンタクロースなんていない。

 こびとさんなんていない。

 それらは親が子を操るための刃だった。

 そんなものは聖夜とは呼べない。


 髪を黄色くした兄でさえ帰って来ない季節。




 広い居間。大きなテレビ。わたしはまた一人で、ニュースを眺める。

 流れてくるそれはクリスマスカラーに染まり、恋人たちは浮き足立つ。大量のLEDライトは街を埋め尽くして、なんにもない、ただのわたしを置き去りにしていくのだろう。

 だれもが喜び、上を向き、孤独は優しさに上書きされる。寒さを打ち消す暖かさを探し、見つける。

 人々は愛を探し、見つける。


 そこにはいい子である条件は皆無だった。


 玄関の扉が開く音がする。

 兄は何故かクリスマスプレゼントを抱えていた。白い箱、紅いリボン。それは紙袋から少し顔を出していた。

「おかえり」

 兄は一瞥もせず、階段を登っていく。

 わたしにとってはそういう季節だった。だから、


 


 必要のないことをするのは止めた。







 * * *




 そしてまた、この季節がやってくる。

 いや、違った。でも、違った。そこには、一枚のハンカチがあった。純白の花が咲いた。







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