第29話「ラストバトル(前)」
俺の願いに応えるかのように――鬼たちが次々と土手の上に現れ始めた。
中級鬼のほかに、それよりも強そうな上級鬼、そして――居並ぶ鬼たちの真ん中に由芽がいた。依然として、瞳に生気がない。
「っ、由芽っ! 俺だっ! 太郎だっ! 正気に戻ってくれ!」
呼びかけるも、由芽の表情にまったく変化がなかった。
いったい、どうすればいいんだ……!? 苛立ちとともに、焦燥が募る。
「ぐふふ……! ぐわははははははははははははははは! ようやく雌雄を決するときが来たな! 桃太郎とその一味どもっ!」
そのとき、由芽の背後に、一際大きい鬼が現れた。
筋肉質な赤い体躯、手には巨大な棍棒、頭には立派な角。
周りを圧するオーラ。ほかの鬼とは格が違うのが、ひと目でわかる。
「ふむ、僕の記憶にはないが……おそらく鬼の頭領か?」
「そんなところだろうな」
『そうだ。あいつは鬼王(きおう)。この地域の鬼を統べていた鬼の中の英雄だ』
桃切が解説してくれる。
だが、その途中で鬼王は由芽に言葉をかけた。
「さあ、鬼姫(きき)よ! 今こそ鬼に仇なす桃太郎一味を皆殺しにするのだ! 再び私の片腕となって、異能者どもを殺し人間どもを皆殺しにするのだっ!」
「はい……お父さん……」
……お父さんだとっ!? 由芽の台詞に驚いて、俺は由芽とその鬼を見比べた。
似ても似つかない。母親が美人なのだろうか。いや、そういう問題ではない。
「見たところ。あの鬼の王に、由芽さんは操られているようですわね」
雉乃はそう言いながら、クナイを構えた。
「はわっ……ど、どうすればいいんでしょうか」
犬子ちゃんは杖を胸の前で抱きしめて、おろおろする。
まさか、由芽に向かって攻撃をしかけるわけにはいかない。
「………………」
そして、由芽は俺達のほうに手のひらを向けてきた。
手に青白い光が集まっていく。
「わわっ! み、みなさんっ、私のところへ来てください!」
犬子ちゃんが叫ぶ。俺達は弾かれるように、犬子ちゃんのそばに集まった。
その動きとほぼ同時に、由芽の手から青白い光が放たれ犬子ちゃんが展開したバリアと衝突する。
轟音、そして、爆風――土煙と震動。
すさまじい威力の魔法だったが、犬子ちゃんのおかげで俺達は爆発に巻き込まれずに済んだ。
煙が晴れると、まるで爆撃でもされたかのようにあたりの地面がクレーター状にえぐられている。
由芽は、手のひらをこちらに向けたまま、虚ろな目でこちらを見つめていた。
そして、鬼王は、棍棒を振り上げて、大音声を上げて号令した。
「かかれぇぇぇいっ!」
鬼王が棍棒を俺達に向かって、突き出す。
それとともに、上級鬼と中級鬼たちが一斉に俺達に襲いかかってきた。
「ちっ! またか!」
正直、命のやりとりなんてしたくない。
でも、やらないと、やられる。ならば、やるしかない。
鬼が直線的に殺到してくるのを、体を左に逸らしてかわし、刀を振るう。
確かな手応えを感じると、鬼は一瞬で消滅した。
まさか一撃で斃せるとは思わなかったので、吃驚した。どうやら、俺の異能の力も、高まっているようだ。桃切の言う通り、俺も覚醒してきたようだ。
『油断するな。次が来るぞ』
「わかってる!」
二匹目の鬼が襲いかかってくるところで、俺はその場から跳び下がる。そして、相手がさらに突っ込んできたところで、手首を返して下から剣を跳ね上げる。
それも、決まった。
鬼は胴体を斜め上に斬られたまま、飛び上がるようにして宙空に舞う。そして、地面に倒れるとともに、消滅した。
うん、間違いなく、俺の異能の力も上がり始めている。
「だあらっしゃああ!」
向こうでは気合もろとも、猿谷が鬼をぶん投げる。
「そこですわっ!」
「えぇえええいっ!」
さらに向こうでは、雉乃がクナイを鬼の首筋に正確に叩き込み、犬子ちゃんが魔法を行使して敵を炎に包んでいた。
そして――、
「やあああああああああああっ!」
伊呂波は神業のような剣捌きで、何匹もの鬼をまとめて斬り倒していた。
やっぱり、みんな強い。でも俺だって、自分の身ぐらいは守れるようになった。
これなら、いくら鬼が襲ってきても大丈夫だろう。だが――。
「いけいっ、鬼姫よ! あやつらを今度こそ皆殺しにするのだ!」
「……っ!」
由芽は体をびくりと震わすと、俺達のほうへ顔を向けてきた。
そして、無言で両手のひらを向けてくる。
「わっ、は、はやく!」
犬子ちゃんが再びバリアを展開しようとする。
だが、俺達はバラバラに鬼を相手していたので、犬子ちゃんとはだいぶ離れてしまっていた。ほかの皆はどうにか犬子ちゃんのもとへ駆けつけたが、俺は、間に合わない。
「――っ!?」
由芽の手から放たれた魔法によって、俺は暴風に吹き飛ばされた塵芥のように揉みくちゃにされて、地面に叩きつけられた。
「づっ……ぐぐ」
全身が、粉々になったかと思うぐらい痛い。しかし、こんなところで死ぬわけにはいかない。なんとか気力を振り絞って、立ち上がる。
「ぐはははは! くらえい、桃太郎!」
だが、俺の目の前には、鬼王がいた。咄嗟に桃切で防いだが、剣ごと大木のような棍棒で殴られて、吹っ飛ばされていた。
全身が潰れたと思うほどの、重い一撃。
吹き飛ばされた勢いのままに地面を滑っていき、擦過傷が無数に刻まれていく。
痛覚がどうかしてしまったのか、痛いというよりも、熱い。
体のそこらじゅうが火を噴くようだ。
「桃ノ瀬っ!」
「お兄ちゃん!」
猿谷と伊呂波が、俺のもとに駆け寄る。どうやら、ほかのみんなは犬子ちゃんのバリアに間に合ったようだ。よかった……。
安心するとともに、意識が朦朧としてくる。
視界が二重三重にぼやけて、気が遠くなっていく。
「よくも桃ノ瀬をやりやがったな。うおらあああああっ!」
猿谷が鬼王目がけて、突進する。だが、鬼王は見た目よりも素早さもあり、猿谷のことを棍棒で打ち返していた。俺と同じように背中から地面を滑走していく。
「……やあああああああ!」
続いて、伊呂波が助走をつけて、鬼王へ上段から斬りかかる。
鬼王は棍棒で剣を受け止めて力任せに跳ね返す。伊呂波は吹っ飛ばされそうになりながらも、両足でブレーキをかけるようにして踏ん張る。
「くらええええええええ!」
再び踏み込んで、小手・胴・突きと剣を繰り出していく伊呂波。
しかし――、
「ぐははははははは!」
鬼王は哄笑を上げながら伊呂波の攻撃をかわし、目にも止まらぬ棍棒捌きで伊呂波を剣ごと弾き飛ばした。
「そこですわ!」
鬼王に伊呂波が吹き飛ばされた一瞬の隙を狙って、雉乃が投げたクナイ。
しかし、鬼は巨大な腕輪で不意打ちの一撃すら防いだ。
「ええぇええいっ!」
犬子ちゃんが魔法を行使して、火炎を巻き起こす。
しかし、
「効かぬわっ!」
鬼が気合を入れただけで、渦巻く炎は一瞬にして消し飛んでいた。
……なんて奴だ。全然、ほかの鬼とレベルが違うじゃないか。
俺はなんとか立ち上がって、傍に落っこちていた桃切を手に取って、構えた。
構えたものの……正直、勝てる気がしない。
「ぐはは! こんなものだったか、桃太郎とその一味! 正直、失望したぞ! くくく……こんなことならば私の手を煩わせることもない。鬼姫、とどめをさせ!」
鬼王の言葉に反応して、由芽が再びこちらに手を向けてくる。
今度あんな攻撃をくらったら、どうなるかわからない。
もうこうなったら、鬼王に向かって、一か八か突っ込むしかない。
そう思ったときだった。
(……だめっ……たろーちゃん、逃げて……)
由芽の声が、頭の中に響いた。
実際の由芽は、無表情のまま俺達に手を向けたままだが……しかし、まるで心に直接呼びかけられたようにハッキリと由芽の言葉が聞こえた。
「由芽……なんとか正気には戻れないのか?」
(……ごめんなさい……だめなのっ……瘴気が強すぎて……今まで抑えていたぶんが強すぎて、もうお父さんに逆らえない……。本当は、私は閉鎖空間にいるべきだったのに……たろーちゃんたちと一緒に過ごしたいって思ったばっかりに……こんなことになっちゃって……本当に、ごめんなさい……)
「由芽が謝る必要なんてないだろ!? 俺は、由芽と一緒に過ごせて、楽しかった! こうしてみんなと過ごすことができて由芽には感謝してるんだ! これからも、まだまだ由芽と一緒に暮らしたい!」
俺はいまだに無表情のままの由芽に叫んだ。
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