第28話「亡霊」
俺達は途中で何体も中級鬼を倒していき――ついに、河川敷へとたどり着いた。
そこは、不気味な静寂に包まれていた。鬼の姿がない。
「なんだ、鬼はいないのか?」
「そんなはずはない。確かに、鬼の気配がする。…………? ううん、これは……もしかして」
伊呂波はハッとしたような表情で、土手のほうに顔を向けた。
つられて、俺たちも土手を見る。
そこには闇――ではなくて白い靄のようなものが湧きあがっていた。
それが、徐々に人間の姿を形作っていく。
「……ようやく、会えたなぁ」
その声には、聞き覚えがあった。
そう。そこにいたのは、夢の中の―いや、過去の記憶の中の人物。
討伐隊の隊長だった。当時と同じ兵装をしている。
さらには、亡霊のように兵士が次々と白い靄とともに浮かんできた。
「なんだ? いったい、なにがどうなってるんだ?」
「なんや、わからんのかい」
隊長は呆れたような声で言い、俺のことを蔑むような目で見てくる。
「あのクソガキのせいで、ずっとわいらはこの世界に閉じ込められてたんや。もう千数百年以上もなぁ!」
隊長は忌々しげに、吐き捨てるように言った。
「……会いたかったでぇ? おかげさんで朝廷での出世もなんもかも全部台無しや。ずっとこんな暗くて、しけったところで亡霊よろしく漂うはめになってたんや。お礼をたっぷり、せんとなぁ?」
……実際、亡霊なのだろう。千数百年も生きているはずがない。
「いてまえやぁ!」
隊長の号令に従って、亡霊と化した兵士達が押し寄せてくる。
まったく、昨夜の夢の再現みたいだ。
「ああ、くそっ! こんなやつらの相手までしないといけないのか!」
俺は桃切を手に取ると、身構える。
「ふははははははは! あのときはよくもやってくれたな! おかげで胸を百回揉みはぐったんだからなぁ!」
俺が闘おうとしたときにはすでに猿谷が凄絶な笑みを浮かべながら、兵士を蹴散らしていた。
「ええいっ!」
犬子ちゃんも敵の密集地帯に、的確に魔法を打ち込んでいく。
「まったく、しつこい連中ですわね。しつこい男は嫌われますわよ?」
雉乃も手裏剣を取り出しては兵士の額に向けて投げつける。
その全てが、狙い通りに命中している。そして、
「やああぁあっ!」
伊呂波も手近の敵を斬り倒していた。
たちまち、亡霊となった兵士が消滅していく。
『……出番なしだな』
「しょ、しょうがねぇだろっ。みんな強すぎるんだからっ!」
昔の記憶では無双だっただけに、現状の俺のヤクタタズっぷりは悲しい。
『おっ、出番が来たぞ?』
「は? うおっ!?」
見れば、隊長自ら俺に斬りかかってきていた。
寸前でよける。
「コラ、ワレェ! お前のせいで、全てが台無しになったんやぁ!」
「知るかよ、ちくしょう! このエセ関西弁がっ!」
そんな前世の記憶なんて、さっき思い出したばっかりだっての!
なんとか斬撃をよけながら、体勢を立て直して、桃切を構える。
『……相手はそんなに強くない。むしろ、弱いほうだろう。君の相手としては、ちょうどよいのではないか?』
「ああ、そうかい!」
相変わらず、むかつく剣だ。
俺は、練習でやっていた通りの攻撃を繰り出してみた。
まずは、剣を少しだけ上げる。最初の上段面が完全なフェイントで、中段突きが本命だ。途中で相手が俺の意図に気がつくようだったら、一旦下がる。
「でぇえい!」
まず上段。相手は、受けようとして剣を頭上に持ってくる。
かかった。そこをすかさず変化して、中段から真正面に突きを入れる。
「ふぐわああああっ!?」
……決まった。隊長はもろに突きをくらって、地面に転がる。そして、
「……くそっ……なんでや……わいは千数百年もこんな思いして…………こんなことって、あるかい……!」
そのまま、事切れて、急速に蒸発するかのように消えていった。
やはり鬼よりも兵士のほうが遥かに弱いようだ。
伊呂波たちも楽々と亡霊を倒していった。
犬子ちゃんの魔法で一気に倒せるのも大きい。あのときのように魔法を封じられることもない。
結局、亡霊を全滅させるのに、十分もかからなかった。
千数百年以上待たされ、ようやく俺達と戦うことができて、こんなわずかな時間で消滅させられるというのも、ちょっと不憫かもしれない。
『それは違うぞ』
「……ん? どういうことだよ」
『もう戦う力なんて彼らには残っていなかった。あのままずっと成仏できずにいるより君達に引導を渡してもらうことができて彼らにとってはよかっただろう。これで、別の人生を歩むことができるのだからな』
「そうかよ……」
亡霊の状態じゃ転生することもできないのか。
そうなると、次の人生を送ることもできないわけだ。……それも、辛いか。
『あとは、そうだな。君自身の手で、鬼にも引導を渡してやらねばならないだろう』
鬼と言われて、俺の頭には由芽のことが浮かんだ。
大丈夫だよな。由芽は消滅なんてしないよな? 俺達と同じ、転生なんだから。
一抹の不安が、心をよぎる。
「ところで、本当に由芽はどこへ行ったんだ……?」
会ったとしても、正気に戻る保証はない。戦わなきゃいけないのかもしれない。
でも、それでも俺は由芽に会いたかった。
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