第27話「乱戦」

「ふんっ、逆に好都合よ! 全ての鬼を抹殺してやればいいだから!」


 伊呂波は剣を構えると、さっそく鬼に向かって駆け始めた。


「ちょ、伊呂波っ! いきなり突っ込むな!」


 呼びかけるも、伊呂波は止まらない。

 そのまま鮮やかな剣技で、手近なところにいた鬼を三体瞬く間に斬り刻んだ。


 しかし、鬼は次から次へと湧いてきた。通りの反対側から、屋根の上から、マンホールの中から――。

 しかも、いつもの鬼よりも強そうだった。


「中級鬼っ……!」


 伊呂波は忌々しげに新手を見ながら、吐き捨てるように言う。


 そう言われて、俺もその存在が遠い昔に戦った鬼であることに気が付いた。

 あいつらは軍団の中でも中核部隊にいた、そこそこの強さを誇る鬼たちだ。


「ふんっ、寝ても覚めても戦場か。だが、裏切る味方がいないだけマシだ! 暴れさせてもらうぞ!」


 猿谷が跳躍して、屋根の上からこちらに向かって襲いかかろうとしていた中級鬼にアッパーをくらわせる。


 低級鬼なら一撃で屠れた猿谷だが、中級鬼は一度では消え去らない。地面に落ちてアスファルトに叩きつけられたもののすぐに起き上がって襲いかかってきた。


「ゆきだるま!」


 そこを、犬子ちゃんの雪魔法で叩き潰す。天から降ってきた総重量百キロはありそうな雪だるまに直撃されて、中級鬼は消滅した。


 だが、まだまだ安心はできない。

 明確な害意を持って、次々と中級鬼たちはこちらに襲いかかってくるのだ。


「くっ、俺も戦わないわけにはいかないよな」


 いまだに俺の異能は覚醒していないとはいえ、この数じゃ任せているわけにはいかない。


『……落ち着け。気持ちはわかるが中級鬼相手では、今の君では太刀打ちできない。周りに任せるべきだ』


 やる気になっていたのに、桃切からは水を差される。

 こんなときでも俺は役に立たないのか。夢の中では無双していただけに歯がゆい。


「やあああっ!」


 その間にも伊呂波は気合一閃――二閃、三閃、四閃、五閃――。

 次々と襲い掛かってくる鬼を逆に斬り倒し、自らも攻めこんで屠っていく。


 やはり、桃太郎の『異能の力』は伊呂波に、桃太郎の『記憶』は俺に強く継承されているようだ。


『ボヤボヤするな!』


「なっ、うわっ――!?」


 考え事をしていた俺に向かって、電柱の上から鬼が飛びかかってきた。


「太郎さんっ!」


 ほかの鬼と交戦していた雉乃が、咄嗟にクナイを飛ばして、鬼の頭部にダメージを与える。だが、まだ消滅しない。


「くそっ!」


 俺は桃切を振るって傷ついた中級鬼に斬りつける。

 だが――中級鬼は斬撃をかわして、こちらに体当たりしてきた。


「ぐはっ――!?」


 吹っ飛ばされて塀に思いっきり叩きつけられた。中級鬼はそのままこちらに向かって、鋭利な爪を立てながら襲いかかってくる!


 ――やられるっ!?


「桃ノ瀬ぇええっ!」


 猿谷の声が聞こえると同時、マンホールの蓋が物凄い勢いで飛んできた。

 それが中級鬼の頭部を木端微塵に吹っ飛ばした。


「はぁっ、はぁっ……」


 荒い息を吐く俺の目の前で、中級鬼は消滅していく。

 危なかった……。猿谷が咄嗟の判断でマンホールの蓋を外して投げてくれなかったら、やられていた。死んでいたかもしれない。


「ふははは! 我ながらナイスコントロールだ! 桃ノ瀬をやられはせんぞ! おらおらおらおらおらぁっ!」


 猿谷は一瞬ドヤ顔をしたものの新たに襲いかかってきた中級鬼の攻撃をかわし、連続で拳を叩き込んでいた。


「ゆきだまるっ、ゆきだるまっ、ゆきだるまっ!」


 犬子ちゃんも雪魔法を連発して、次々と中級鬼を潰していく。そして、雉乃も魔法を行使している犬子ちゃんを守るようにクナイを飛ばし、時には接近戦で中級鬼の喉笛を掻っ切っていく。


 みんな、本当に強いな……。


 俺は、せめて足手まといにならないように、犬子ちゃんの近くで剣を構えることぐらいしかできなかった。

 そうして、中級鬼との戦いを繰り広げ――。


「最後の一匹!」


 伊呂波が闇雲に襲いかかってきた中級鬼を一刀のもとに両断する。

 しゅうぅぅぅ……と音を立てて中級鬼が消え、ようやく辺りに静寂が戻った。


「ふははっ、夢の中と同じというわけにはいかないが鍛錬の成果は出たようだな」


 猿谷は額の汗をぬぐいながら、爽やかな笑みを浮かべる。

 ちなみに、途中でテンションが上がったのか自ら服を破いて半裸になっていた。


「も、もうっ、服ぐらい着てくださいーっ!」


 犬子ちゃんが犬歯を露わにして怒っている。

 犬子ちゃんもあれだけ魔法を連発したというのに、余裕がある。


「あの夢を見終わったと同時に、私たちの異能の力が上がった気がしますわ。そう思いませんか、伊呂波さん?」

「……おそらく、そう。でも、それは相手にも言える。今まであたしたちが戦っていたのは低級鬼だけだったんだから。つまり……あの鬼の親玉も出てきているはず」


 雉乃の言葉に、伊呂波は頷いた。


「となると、俺たちはこれからどうすればいいんだ……?」


 由芽は行方不明。そして、鬼たちが俺たちに明確な意思を持って襲いかかってきている。この状況を打破するためには、待っているだけではだめな気がする。


「鬼の気配が……いつもの河原のほうからしてくる。たぶん、そこに鬼の親玉がいる。おそらく……由芽姉ちゃんも」

「っ……」


 やはり……由芽は完全に鬼になってしまったのだろうか。


「ともかく、ここにとどまっていても仕方ありませんわ。それに相手に先手を取られ続けるのも面白くありません。行きましょう」


 雉乃の提案に、誰も異存はなかった。


「よし、由芽嬢がどうなっているのかはわからないが、ともかく会ってみることだな! 安心しろ、桃ノ瀬のことは僕が守ってみせるさ!」


 この変態に守られるしかないという現状は情けなくもあるが……。でも、今の猿谷は頼もしい。俺が猿谷に対して、こんな気持ちになる日が来るとはな。


「犬子も、桃ノ瀬先輩のことも、皆さんのことも最後まで絶対に守りますっ! 夢のときみたいに、もう無力じゃないですからっ」


 犬子ちゃんも、戦う強い意思を持っていた。

 俺だって、由芽のことを助けたい。

 絶対に、この物語を、桃太郎の昔話を、ハッピーエンドにしないといけない。


「うんっ! みんな……行くわよっ!」


 そして、桃太郎パーティの隊長である伊呂波は力強く号令した。夢の中では一緒に戦えなかった仲間が、ひとつになって、再び敵と戦える日が来たのだ。


『君の力もいずれ解放されると見た。君は異能の力をすべて桃ノ瀬伊呂波にもっていかれていると思っているようだが、君にも力の目覚める兆候がある。案ずるな』


 心の中で桃切の言葉を聞きながら俺は伊呂波に続いて、河川敷へ向かって走っていった。

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