第25話「夢~最後の戦い(後)~」
それからも、俺と猿谷の奮戦は続いた。
押し寄せてくる兵士を片っ端から斬り倒し、投げ飛ばし、戦力を削いでいく。
さすがに数で押すだけの戦闘は不利と悟ったのか、敵は俺達と距離を取り始めた。
「む。まずいな……」
「ああ」
魔法による防御ができない状態で、矢の雨を降らされたら、きつい。
この兵士の動きは、その前段階だ。
さっきは犬子ちゃんの魔法で防げたが、今度はそうはいかない。
「……雉乃は犬子ちゃんを連れて逃げろ。あとは俺と猿谷で一か八か突っ込む」
「い、犬子も戦いますっ」
犬子ちゃんが杖を構えて、必死の形相で言う。しかし、残念ながら犬子ちゃんの戦闘力では、敵陣に突っ込む前にやられるだけだろう。
「だめだ、犬死するだけだ。……時間がない。雉乃、頼んだぞ!」
俺が強く目で訴えると、なにか言いたげだった雉乃が頷いた。
「……わかりましたわ。どうか、ご無事で」
「ああ。また会おうぜ」
「ふはははっ! 二人の胸を揉むまで僕は死ねんさ! 生き延びろ! 僕も生き延びる!」
「太郎さんっ、猿谷さん……!」
犬子ちゃんの瞳に、涙が浮かんだ。
「絶対に……無事で、生きて、また会いましょうっ」
そんな風に女の子に涙を流されると、ぐっとくるものがある。
犬子ちゃんは故郷の村人を殺されて独りだった。
その上、俺らまで死んだら、もっと独りになっちまう。
「ああ。絶対に大丈夫だ。……行くぞ! 猿谷!」
「よしっ、遅れるなよ、太郎! おおらっしゃああああああ!」
俺と猿谷は敵の本陣に向けて真っ直ぐに駆け出した。
それと同時に、雉乃が犬子ちゃんを抱きしめて、空に向かって飛翔する。
視界の向こうに、弓を構えた敵が、雉乃に向かって矢を放とうとするのが見えた。
そこへ一直線に殺到して、斬り下げる。絶対に、やらせるわけには、いかない。
力の全てを解放したおかげで、こんなにも速く走れたのかと自分でも驚くぐらい、 俺は敵との間を一気に詰めることができていた。
「どおらっしゃああああ!」
一方で猿谷も、全速で駆けながら、立ちはだかる敵を倒していく。
弓矢が次々と放たれてかすり傷を負っていくが、立ち止まることなく、俺たちは山を攻め上がっていった。
おそらく隊長さえ倒せば、兵士の統制が乱れる。
そうしたら、あの鬼の少女だけ連れて、なんとか離脱するしかない。
そう考える間も、兵士から次々と弓矢が放たれていく。
耳元をかすめ、頬のあたりに傷がつく。それでも、休むことなく駆け続ける。
山を登りながら敵を蹴散らしていくのは容易じゃない。
それでも、俺と猿谷は、ついに敵の陣地まで到達した。
「はぁ……はぁ……」
すっかり息が上がっている。そして、傷もだいぶ増えてしまっている。
それも、ここで隊長を倒せば終わりだ。
俺は、剣を振って陣地を覆っていた幕を斬り裂いた。
そこには――。
「あっ」
鬼の少女がいた。あの、泉で出会った。全裸のままだ。
……そして、他には誰もいない。おかしい。
「ふむ? これは、どういうことだ?」
「逃げたのか……? いや、こんな短時間で逃げられるはずが……」
そして、鬼の少女は叫んだ。
「だ、だめっ……逃げてっ!」
「逃げる? くっ、罠かっ!?」
俺は、陣地の周囲に急激に殺意が湧いたのを感じた
「ふふ……迂闊やったなぁ……?」
陣地の周りの木や岩陰から、隊長と、弓矢を構えた兵士が現れた。
親衛隊の連中も抜刀して、俺たちにジリジリと近づいてくる。
そして、遠くの木の上からは狙撃用の弓を持った兵士がこちらに矢を向けていた。
俺達が隊長を狙うことを想定して、わざと一時、陣地から離れたらしい。猪突猛進していただけに、俺たちの判断も甘かった。
窮地に陥った俺たちを見て、隊長はにぃっと凄絶な笑みを浮かべる。
そして、手に持った刀を振った。
「放てやぁ!」
隊長の甲高い絶叫とともに、一斉に周囲から弓矢が放たれる。
その狙いは――鬼の少女。
俺と猿谷は、鬼の少女を守るよう、咄嗟に押し倒した。
当然、無数の矢が背中や腕、脚に突き刺さった。
「っ! ぐっ……」
「ぐ、あああっ!」
全身を貫かれたかのような痛みに、一瞬で意識が飛びかける。
痛みとともに、血が噴き出す熱さを感じて、全身に脂汗が浮かぶ。
……狙われたのが俺たちだったら、全部かわせないまでも、もろに食らうことはなかった。まさか、鬼の少女を狙うとは――。
「ぎゃははははははははは! やっぱり、甘いわなあぁっ! やっぱり、そうすると思ったわいっ! この正義気取りの異能者どもがっ!」
隊長の耳障りな哄笑が響く。
しかし、あそこで鬼の少女を見殺しになんてできなかった。
俺は、俺たち異能者はみんな――誰かを助けるために、戦ってきたんだから。
「あっ、あぁっ……」
鬼の少女は目を見開き、信じられないような顔をして、俺たちを見ていた。
どうやら、怪我はなさそうだ。そのことに、安心した。
「一緒に暮らそうって言っただろ? 生き延びて、必ず、平和な場所で暮らそう」
戦いとは無縁の場所で、俺と、猿谷と、犬子ちゃんと、雉乃と、一緒に。
それは、とても悪くない暮らしだ。きっと、毎日、楽しいだろう。
思わず、口元が緩んだ。
「ほれ、次の矢を放たんかい!」
再び隊長が刀を振って合図する。
本当なら、ここで一気に隊長を斬り倒すべきかもしれない。それは、できないことではない。だが、ここで隊長を倒すことを優先すれば、鬼の少女が矢を受けることになる。そうなると、隊長を倒せても、鬼の少女が死ぬことになる。
「ふふ、やっぱり、幼い女の子が目の前で死ぬのは見たくないもんだな、太郎」
「はっ、お前はそういう趣味なだけだろうが、猿谷」
なにをやってるんだろうかとも思う。ここで俺達が命をかけて鬼の少女を助けても、隊長たちは鬼の少女を殺すかもしれない。
しかし、次に放たれた矢を、俺達は避けることをしなかった。
今度は、人体の急所にまでもろに複数の矢を受けてしまう。
……やばい。これは、もう、詰んだ。
全身の各所から血が抜けていく感じとともに、命が失われていくのがわかる。
いくら異能者でも、矢を何度も受けまくったら、つらい。
しかも、毒が塗ってあるらしく、全身に痺れが拡がっていく。
……はは、桃太郎が、鬼の少女を守って死ぬ? 洒落になってないよな。
自嘲気味に、そう思った瞬間――鬼の少女が震える足で立ち上がった。
そして、胸の首飾り――勾玉を握り締めた。
……なんだ……? なにをするつもりだ……?
「なんやぁ? いまさら、なにする気や、このガキは? ええい、かまわん! まとめてあの世へ送ったれやぁ!」
隊長の声に反応して、兵士たちは弓を構え、射撃体勢に入る。
「……。…………。……」
一方で、鬼の少女が何かを口ずさむと、勾玉から光が漏れ出した。
その光は、太陽のように強く、眩しい。
「な、なんだ……?」
視界が光一色になり、なにもかもが見えなくなる。
それとともに、俺の意識は時空の彼方へ飛んでいくかのようだった――。
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