第24話「夢~最後の戦い(前)~」
☆ ☆ ☆
三対三百の戦い。それでも、俺達は優勢だった。
最初は、膨大な数の矢を射掛けられて、ずいぶん往生した。
でも、犬子ちゃんの守護魔法が使えたので、なんとか防ぎきることができた。
そして、ある程度矢が止んだところで反撃開始。
接近戦になれば、俺と猿谷の素早さについてこられる鬼は皆無。
俺たちは悪鬼羅刹の如く、獅子奮迅の活躍を見せて、鬼を倒していった。
時間が経つに連れて、鬼たちは自分たちが劣勢であることに気がついた。
今では、丘の上に留まって、こちらを遠巻きに囲むのみだ。
この間、俺たちがまったく無傷というわけにはいかない。
乱戦の中で、何度か傷を負った。さすがに四方八方から攻撃されて、すべてを完全にかわしきることはできない。それでも、致命傷になるような傷はない。
ただ、疲労だけはどんどん溜まっていって、動きはどうしても鈍くなってくる。
――そこへ、新手が現れた。
きっと、来るとは思っていた。
「討伐隊……ですか?」
魔法を何度も使って疲労の色を滲ませた犬子ちゃんが、南方の丘から姿を現した二百はいると思われる討伐隊を見ていた。
「ああ……どうせ敵だろうけどな」
俺は討伐隊の先頭――軍勢を率いている隊長を見た。
武装した軍勢は一様に止まって、こちらを静観している。
鬼も、今は北方の山に固まっている。
見ようによっては、俺たちを挟み撃ちする形勢だ。
「ほんならぁ……これからぁ……朝廷に仇為す、異能者達を皆殺しにするでぇぇぇっ!」
隊長の甲高くて軽薄な声が、こちらにまで聞こえてきた。
やはり、最初から罠だったのだ。
今度の討伐の本当の目的は鬼の殲滅ではなく、俺達異能者の抹殺だったのだ。
だから、鬼にあらかじめ情報を流して俺たちを挟み撃ちにしたのだろう。
おかしいとは思っていた。ここのところ、鬼への攻撃が極端に減っていた。
そこへきて、この作戦だ。
やはり、隊長は手柄を俺達にとられるのが面白くないのだろう。
あとは、俺達のような異能者がいれば、確かに国が乱れる元になるかもしれない。
俺達に、まったくそんな気がなくとも、そう見られるのはわかる。普通の人間にとって、俺たちのような強さを持つ異能者は畏怖と恐怖の対象だから。
「かかれやぁぁ!」
隊長の号令一下、怒涛の勢いで兵士が山を駆け下りてくる。
ここのところ休息を十分にとっていた兵士たちの動きは、いつもに増していい。
「……ははっ、ずいぶんと舐めてくれたものだな。なあ、太郎?」
猿谷が土埃で黒く汚れた顔で、白い歯を見せる。
「まぁな。俺達の力をいちばん近くで見てきたはずなのに、わかっちゃないよな」
そう答えて、俺は剣を握り直した。
「犬子ちゃん、疲れてるとこ悪いけど、頼む」
「はっ、はいっ!」
犬子ちゃんが杖を構える。
そして、兵士の密集しているところに魔法を打ち込む――!
……はずだった。
そのとき、隊長のすぐ傍で緑色の光が広がり、俺たちの視界を一瞬、奪った。
「あっ……こ、これは……えっ?」
その緑の光はすぐに収まったが、犬子ちゃんの杖からは魔法が出なかった。
「まさか……!」
俺は、隊長の横で泉で出会った鬼の少女が全裸のまま兵士から喉元に剣を突きたてられている姿を見た。
その鬼の少女は、こちらに向けて両手を突き出していた。
おそらく、今の光は鬼の少女が放ったものだ。
「くっ……! 捕まっちまったか!」
「んにゃろうっ! 僕が引き取って養育しようと思ってたのに!」
こんなときでも余裕な猿谷だが、これは洒落にならない事態だ。
だが、この魔法を封じる呪術は俺たちのような異能が体に内在するタイプには効かないらしい。身体から力が失われていない。
「こうなったら魔法なしで戦うっきゃない。犬子ちゃん、俺から絶対離れるな!」
「はっ、はいっ……」
疲れきった体で肉弾戦は厳しいが、そんなことは言ってられない。
やらないと、やられる。死に直結する。
と、そこへ――真上から、不意に懐かしい気配がした。
「……あら、どうやら間に合ったようね」
「……雉乃っ!」
空から降りてきたのは都に行っていた雉乃だった。
「……今、国中の異能者たちが朝廷軍に捕えられて、殺されているわ。私も都で捕えられそうになったけれど、間一髪、逃げることができたの。こんなとき、空を飛べるのは便利ね」
犬子ちゃんの魔法と違って、雉乃には翼が生えている。
これなら、あの少女の封印の力も通用しないみたいだ。
なんにしろ、ここで助けが入ったのはありがたい。
「俺達三人掴んで、飛ぶのって無理か?」
「決まってるじゃない」
自信たっぷりに言う雉乃。
「無理よ」
そのまま地面にこけたい気分だった。
しかし、目の前に迫っている敵を前に、そんなことはしてられない。
「ああっ、もうっ、窮地は継続中じゃないか。じゃあ、危なくなったら、雉乃は犬子ちゃんだけでも連れて逃げろっ!」
雉乃の戦闘力はいまいちだ。しかも、羽もところどころ毟られていたり、血が滲んでいる。やはり無傷で逃げてこられたわけではないようだ。
でも、いざとなったら犬子ちゃんと雉乃だけでも逃げられればいい。もし日本で暮らせないのなら、海を渡った向こうの国にでもいけば、なんとかなるかもしれない。
「……よし! 行くぞ、猿谷!」
「ふはははははは! 俺を裏切った奴らは全員堀り倒す!」
正直、猿谷と一緒に死んで、歴史に名を残すのは嫌だが、贅沢は言ってられない。
俺と猿谷は攻めてきた敵に向かって、突っ込んでいった。
一見、無謀な突撃だが、俺にだって奥の手がある。
いよいよ敵の前衛部隊と衝突というところで、今まで抑えていた力を解放した。
そう。俺と猿谷は、まだ出せる力を持っていた。
本当なら、味方相手に全力を使いたくはなかった。
でも、手を抜いて突破できる現状ではない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
身体の奥底に眠っていた力を咆哮とともに解放する。
まずは同時に襲いかかってきた兵士を三人、斬り倒す。
そして、兵士の持っていた剣を奪って左手に持つ。
これで、二刀流だ。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうううううう!」
猿谷は咆哮を上げながら、素手で敵を殴り倒して、そいつを軽々と持ち上げ――敵の密集地帯へ向けて投げつけた。
相変わらず、物凄い腕力だ。
やっぱり、絶対に敵に回したくないな、猿谷は。……よし、俺も――!
「だあああああああああああああああ!」
右手と左手を嵐のように振るい、兵士を剣で薙ぎ倒していく。あまりの速さに、返り血を浴びることもない。ここまで力を解放したことは、鬼相手にすらない。
皮肉なことに、初めて出した全力が味方相手だった。
都にいた異能者たちとは面識がある。
そのうちの何人が捕まって斬られたかは知らないが、俺達を利用するだけ利用して殺すだなんて、やることが汚すぎる。
俺達異能者に、国をどうこうしようとする野心なんてない。
正義感から鬼と戦ってきた奴がほとんだ。
「くそっ……! 権力者って奴らは!」
結局は、力のある者が邪魔ってことなんだろう。鬼だろうと異能者だろうと自分達に害をなす可能性のある存在が、怖いのだろう。
「知っているか、太郎。権力者は被害妄想から虐殺をするらしいぞ」
猿谷が兵士をぶん投げながら、言う。
「そうかよ!」
無謀にも踏み込んできた兵士を、逆にこちらから踏み込んで斬り倒す。
正直、こうして一般兵士を斬り殺すことに抵抗はある。
兵士も命令だから、こうして俺達に襲いかかっているわけだから。
だが、やらないと、やられる。際限なく、良心がチクチクする。
それでも、剣を振るうしかない。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
立ち止まると、考えてしまう。考えたら、隙ができる。
その間に、味方の誰かがやられるかもしれない。
だから、あえて俺は大声を出す。萎えそうな心を叱咤して、悪鬼羅刹そのものとなって、兵士をぶった斬っていく。
「だあらっしゃあああああああ!」
猿谷が兵士の足を持って、ぐるぐると回転させて、遠心力でぶん投げる。その体は山の中腹にまで飛んでいって、隊長たちを守る親衛隊のあたりに炸裂した。
討伐隊が動揺するのがわかる。そりゃ、三百匹の鬼と戦った後に、二百の兵を相手にしても、これだけ動けるとは思っていなかっただろう。
無理もない。俺だって、思ってなかった。
だって、力を最大限に解放したのが、今が初めてだから。
「あら、二人とも強いじゃない」
雉乃が呆れたような声で、背後から俺達に声を掛ける。
「あはは……犬子、必要ないですね」
犬子ちゃんも、苦笑いしていた。
そんな二人を振り返って、猿谷は白い歯を見せる。
「ふはははっ! なあに、あとで胸を五十回ぐらい揉ませてくれればいいさ! 二人合わせて百回だな!」
「お、お断りですー!」
「うしろから、ざっくりいったほうがよろしいかしら?」
こんなときにこんなやりとりがあるのが、俺達だと思った。
そうだ。俺達はただの凶器じゃない。心ある人間だ。
ただ、普通の人間とは違う能力があるだけの――。
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