第23話「鬼になった幼なじみ」
そのまま、我が家に向かう。
一足先に家に戻っていた伊呂波は物置部屋で山のように積んだ書物をかたっぱしから読んでいた。
「俺も手伝う」
とは言ったものの、古文書を読解する力は俺にはない。こう考えると伊呂波はいつの間にかこんな古文読解力を身につけていたのかと驚く。
伊呂波は俺を無視して、尋常じゃないスピードで次から次へと書物を読んでいた。 巻物のようなものから、紐で閉じられた江戸時代の書物みたいなものなど、種類は雑多だった。
見る見るうちに伊呂波の目の前に積まれていた書物が減っていく。
読み終わったものは、背後に積み重なっていった。
その間、俺はサンドイッチを作って、飲み物を用意するぐらいしかできなかった。
伊呂波はサンドイッチをかっさらって一口で食べて飲み物で流しこむと、すぐにまた古文書の解読に戻った。
それから数時間。
伊呂波の目の前に積まれていた書物が完全になくなる。
つまり、全てを読み終わったということだ。
「……っはぁ」
最後の書物を置くと、伊呂波はため息をついた。そして、微動だにしなくなる。 さっきまで、物凄いスピードで古文書読んでいたのが嘘のように静止していた。
「……伊呂波、なにかわかったか?」
「……………………だめ」
その一言で、部屋の空気が重くなった。
黴臭い書物の匂いと相まって、息苦しさが増してくる。
「とにかく、伊呂波……お疲れ様」
まるでロボットのように、書物に目を走らせ続けた伊呂波の苦労は、間近で見ている俺にはよくわかった。伊呂波が、由芽のためにここまで一生懸命にやってくれる姿は、見ていてぐっとくるものがあった。
でも……解決策は見つからなかった。
このままだと、由芽は完全な鬼になってしまうのだろうか。
「由芽のところに行くか」
「……ん」
俺と伊呂波は、残っていたサンドイッチを口に放り込んで飲み物で流し込むと、すっかり暗くなった外へ出ようとした、のだが――。
「なっ――……!?」
靴を履き替えようとして、俺は絶句した。
玄関の内側にパジャマ姿の由芽が、無表情で――幽鬼のように立っていたのだ。
「……ゆ、由芽っ!? 大丈夫なのか!?」
尋常じゃない。それは、すぐにわかった。雰囲気が、おかしい。
いつもふわふわした笑顔を浮かべている由芽の顔が、まるで能面のように固まっている。そして、なによりも――頭部の角が、先ほどよりも大きくなっている。
「……ッ!」
伊呂波が身構える。河原で鬼と対峙したときと、同じように。
「ゆ、由芽っ!」
青白いオーラのようなものを纏い始める由芽に、俺は近く。
だが――、
「ぐっ!? あっ?」
――バチィイ!!
静電気を数十倍にしたような衝撃を受けて、俺は跳ね返された。
そのまま廊下に尻餅をついてしまう。
「っ!」
伊呂波は素早く反転して廊下を走って部屋に入ると、いつもの日本刀を手にして戻ってくる。そして、由芽に向かって、大上段から飛び上がるようにして剣を振り下ろした。
――バチィイイイイ!!
さっきよりも数段激しく、青白い火花が飛び散る。
青白いオーラは、まるでバリアのように由芽を守っていた。
そして、伊呂波も俺同様に吹き飛ばされて、壁に強かに叩きつけられる。
その間、由芽はまったくの無表情だった。
「ゆ、由芽っ、正気に戻ってくれ……!」
ここで、どうすべきか。俺はいったいどうすればいいのか。それは、わからない。 でも、俺は駆け出していた。
台所の入口に立てかけてあった桃切を手にして、玄関に戻る。
伊呂波が剣を構えて、再び上段から斬り込んでいた。今度は何度もバリアの一点に連続で剣を叩き込んだ。
しかし、由芽のバリアには傷一つつけることができない。その間も、由芽は無表情で立ち尽くしている。そして、由芽の瞳が青く輝くとともに、伊呂波は衝撃波を受けたように吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられる。
「ぐっ……っ!? げほっ……ごほっ……!」
思いっきり背中を打ちつけて、伊呂波は苦しそうに咳き込んだ。
「伊呂波っ……! くっ、由芽っ……! 頼むっ! 俺の声を聞いてくれ!」
声の限りに叫ぶが、由芽は無表情をまったく崩さない。
そのまま、ゆっくりと伊呂波のほうに歩を進めていく。
「げほっ……くっ……やっぱり……低級鬼とは力が違うわね……でも、負けるわけにいかないっ!」
伊呂波は剣を構えなおすと、また由芽に斬りかかる。
しかし、由芽は今度はその攻撃を受け止めなかった。
スッ――と、体を横に逸らしたかと思うと、右手を伊呂波に突き出した。その瞬間、伊呂波の体が今までと比べ物にならないほどに激しく吹っ飛ばされる。
「――っ!?」
「伊呂波っ!」
壁に激突した伊呂波は、そのまま力なくずり落ちた。
気を失ってしまったのか手から剣が離れ、全身から力が抜けていってしまう。
「伊呂波っ、大丈夫かっ!?」
伊呂波のところへ駆け寄ろうとするが、そこへ由芽が立ちはだかった。
目の前には、由芽の顔。しかし、その表情はどこまでも冷たい。
俺の知っている由芽ではない。
スッと手が動いて、こちらに突き出される。
それとともに、俺も壁に勢いよく叩きつけられた。
「っ……由芽っ……うわっ!」
さらにもう一回、俺は由芽の攻撃を受けて、俺の意識は急速に遠ざかっていく。
そして、また、あの夢が――過去の記憶が――甦ってきた。
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