第21話「ふたつの真実」
「伊呂波は……まぁ、手のかかる妹だなー、って思ってるぐらいだが……」
「……それ以上の感情は?」
「は?」
訊ねられたことの意味がわからなくて、きょとんとしてしまう。
「……そう」
そんな俺の反応を見て、由芽は頷いた。
……ますます、意味がわからない。
由芽は俯いたまま、なにかを考えているようだった。
そして、なにかを決意したような顔になって口を開いた。
「伊呂波ちゃん……たろーちゃんのこと、好きだよ」
「ふあっ!?」
不意にそんなことを言われて、俺の目は点になった。
だらしなく口が開いて、ぱくぱく動いてしまう。
……伊呂波が、俺のことを好き? んなバカな。蔑まれたり、暴力を振るわれたり兄の威厳もなにもあったもんじゃないのだが。
嫌われこそすれ、好かれるだなんて、一ミクロンたりとも思ったことがない。そもそも、俺と伊呂波は兄妹だ。そんな間柄で、恋愛感情なんて芽生えるはずがない。
「いや……由芽、なに言ってんだよ……。こんなときに冗談なんて……」
「ううん……冗談じゃないよ……。伊呂波ちゃんの口から……去年……直接、訊いたことだから」
「えっ……」
再び、俺は絶句させられる。あまりにも意味不明すぎる。
理解を超えている。まったくついていけなかった。
「……だから……本当は……私は、伊呂波ちゃんの力になってあげなくちゃならなかったのに……ずっと、私、たろーちゃんから離れなかったからね。だから、嫌われちゃったの」
そう言って、由芽は俯いた。
「ぜんぶ私のせいなの。……私が、伊呂波ちゃんの気持ちを知っていながら、たろーちゃんと離れなかったから……」
「いや、でも……俺と伊呂波は兄妹なんだし、そんなの最初から」
「実はね、伊呂波たろーちゃんは義理の妹なんだよ。だから、血は繋がってないの」
「はぁぁっ!?」
意味のわからないことを言われて、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
伊呂波が義理の妹!? そんなわけ、あるはずが!?
「たろーちゃんがまだ1歳の頃、伊呂波ちゃんの家族は事故で死んじゃったの。ひとり残された伊呂波ちゃんは、たろーちゃんの家に引き取られて妹として生きてきたの」
「なっ……そんなこと、俺、訊いてないぞ?」
親父も母親も、そんなことは一言も言ってなかった。
「伊呂波ちゃん、なにか思い当たるふしがあったみたいで自分で色々と調べて知ったみたい。私、そのことも相談されてたから……」
「そ、そうだったのか……」
つまり、知らないのは俺だけだったということなのか。
「伊呂波ちゃんも、言おうとしたみたいだけど……これまでの兄妹の関係が壊れちゃうのが怖いみたいで、ずっと言えなかったんだって……でも、たろーちゃんのことを好きな気持ちが日に日に大きくなっていって……でも、どうしたらいいかわからないって……つい、暴言ばかり言っちゃってたみたいで……すごい、悩んでた」
あの伊呂波が、俺のことを好きだったなんて……しかも、現在進行形なのか……?
そんな事実が急に明らかになっても、俺としては混乱するばかりだ。
しかも、今までの暴言の裏に、そんなものがあったとは。
「で、でも、義理とはいっても、兄妹だなんて、恋愛対象になるわけないだろ?」
「ううん、そんなことないよ。たとえ兄妹という関係だって……気持ちに嘘はつけないから……。それに、私も……」
そう言って、由芽は俺のことをじっと見つめた。
「……私もね……本当は、たろーちゃんのこと……好きになっちゃいけない関係だったんだよ……」
「……それは、どういう意味だ?」
「……ずっと、黙ってて、ごめんね……。……んっ」
由芽が力を入れるような素振りを見せた瞬間、俺は自分の目を疑った。
なぜなら、由芽の頭に一対の角がピョコンと生えたのだから。
「……伊呂波ちゃんの言うとおり……私、鬼なの」
思わぬ由芽の告白。やはり、伊呂波の睨んでいた通り、由芽は鬼だったのだ。
こうして角を目の当たりすると、俺も信じざるを得なくなる。
でも、だが、しかし――。
鬼だからって、なんだっていうんだ! 凶悪な低級鬼ならともかく、由芽とはこうして話すことができる。わかりあうことが、できる。
「そんなの関係ない。鬼だろうとなんだろうと、由芽は由芽だろ?」
「でも……たろーちゃんと伊呂波ちゃんは、桃太郎の転生。鬼と桃太郎は相容れないんだよ」
「そんなこと……ない。昔話なんて、関係ない。現代に生きる俺達にそんな話は関係ないだろ!?」
しかし、由芽は頷いてくれなかった。
どこか悲しそうな表情で、俯くばかりだった。
「……ごめんね。たろーちゃんを誘惑しようとして……でも……最後に……私の意識があるうちに……たろーちゃんと、結ばれたくて……っ」
そこまで言って、由芽の体から力が抜けて崩れ落ちる。
「由芽っ!?」
慌てて俺は、由芽を抱きかかえた。
体がすごく熱い。呼吸も乱れている。
由芽は頭に角を出したまま、意識を失っていた。
「くっ……どうすればいいんだ? 救急車を呼ぶってわけには……」
この角を見せるわけにはいかないだろう……。
ともかく俺は由芽をベッドの上に寝かせると、まずはタオルケットをかけた。
あとは……熱を冷ますための水タオルとかか……?
とりあえず一階に下りて、濡れタオルや氷枕を探す。
他人の家を漁るのは正直、微妙な気分だったが、今はそういうことを考えている場合じゃない。氷は冷蔵庫にあるのだから、すぐに見つかったが、その他を探しだすのには時間がかかった。さいわい、氷枕はあった。
俺は濡れタオルと氷枕を抱えると、一気に階段を駆け上がった。
由芽は顔を赤くして、呼吸が苦しそうだ。かなり熱があるのだろう。
俺は由芽の頭をゆっくりと持ち上げて、氷枕の上に乗せる。どうしても、視線は角にいってしまう。
やっぱりさっきのは、幻聴幻覚じゃなくて、本当のことだ。
こうして角を目の前にすると、ごまかしようがない。
……でも、そんなことは、今はどうでもいい。
続いて、濡れタオルをおでこに乗せてあげる。
「あとは……そうだな。やっぱり、服を着替えさせたほうがいいよな……?」
しかし、男の俺が着替えさせるのはどうかと思う。……となると、思い浮かぶのは伊呂波だった。
「……ええい、今は非常事態だ!」
俺はケータイを手にとって、伊呂波に向かってメールを打った。
鬼について詳しい伊呂波なら、なにか対処法もしっているかもしれないし。
まさか、こんな状態の由芽に襲いかかるほど、伊呂波も鬼じゃないだろう。
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