第20話「由芽の部屋」

 授業は滞りなく終わり、俺は帰路についていた。

 携帯を取り出して、これから家に向かう旨を由芽に知らせる。


 メールは、すぐに返ってこない。まぁ、由芽がメールに気がつかないことは今までに何度となくあったので、気にはならない。


 今頃、伊呂波たちは、雉乃も加えて河川敷で鬼を狩っていることだろう。

 そんな非現実にもすっかり慣れてきてしまっている。ちょっと前までは絶対に信じられなかったようなことが、今では完全に日常の一部になってしまっているのだ。


「まったく、なにがどうなってるんだか……」


 夢ならば、覚めてほしい。そして、由芽と伊呂波と……そして、犬子ちゃんと、猿谷、雉乃と仲良く学生生活を過ごしたい。

 そんなことを考えながら歩いていると、由芽の家まではあっという間だった。


「ああ……家の鍵なんて開いてるわけないよな……開いてたら問題だが……メール返ってこないし、由芽、寝てるのかな?」


 インターホンの前で、逡巡する。由芽のご両親は共働きなので、昼間は家にいないはずだ。


 ……うーん、もう一回メール送ってみるかな?


 そう思った途端、ポケットの中の携帯が振動した。

 素早く取り出して、画面を確認してみる。



差出人 鬼宮由芽

件名 ドアは開いてます

本文 そのまま私の部屋に入ってきてください


「……は?」


 慌てて、二階にある由芽の部屋を見上げる。

 しかし、そこには由芽の姿はいない。玄関に監視カメラがあるわけでもない。


 どうして由芽は、俺が家の前にいることがわかっているんだ……?

 いや、別にそれがわかった上でメールを送ってきたわけではないかもしれない。


 ……とにかく、家へ入ろう。

 こんなところでずっとウロウロしてるのも他人から見れば完全に不審者だし。

 嫌な予感を感じつつも、俺は由芽の家の敷地へ入っていった。


 子供のころは何度となく遊びにきたが、最近はほとんど由芽の家に行ってなかった。でも、庭はよく手入れされていて、花がきれいに咲いている。


 玄関のドアに手をかけてみると、やはり鍵はかかっていなかった。

 拍子抜けするような軽さで、ドアが開く。


「おじゃまします、桃ノ瀬です」


 家の中に声をかけるが、反応はない。


 ……って、そういえば、両親は今週から海外出張だとか言ってたっけか? 

 となると、鍵を開けっ放しというのは、ずいぶんと物騒だが……。


「……おい、由芽ー。来たぞー?」


 靴を脱いで、家の中を進む。

 そして、階段の下から再び呼びかける。


「おーい、由芽ー?」


 ……おかしい。反応がない。


「上がるぞー?」


 声をかけながら、階段を上がっていく。

 そして、由芽の部屋の前に辿りつく。

 ドアには「YUME」とかわいらしい文字でプレートがかかっている。


「由芽ー? いるんだろ?」


 軽くノックをしながら、室内にいるであろう由芽に呼びかける。


「……いいよ、たろーちゃん、入って」


 ややあって、由芽の声が返ってきた。


「あ、ああ、入るぞ」


 由芽の声を聞いてどこか安心しながら、俺はドアを開いた。


「具合は大丈夫……か!?」


 視界に入ってきたのは、一糸纏わぬ姿で立っている由芽だった。


「ちょおぉっ!?」


 俺は奇声を発しながら、慌てて床に伏せた。


「な、ななな……ななななっ!?」


 ちらりと顔を上げて由芽のほうを見て、間違いなく全裸であることを再確認すると再び顔を伏せた。


「あははっ、たろーちゃん、ちょっと落ち着いてよ♪」


 クスクスと笑う由芽。そこ、笑うところか!?


「たろーちゃん、すごいおかしな顔してるよ?」


 ……いや、おかしいのはお前だろ由芽! なぜいきなり全裸!


「えっと……どういうことだ、由芽?」

「……うん……そのね。……私の……初めて……たろーちゃんに、もらってもらおうって思って……。だめかな?」


 ……なんだその超展開は。意味がわからない。


「い、いや……いきなりどうしたんだよ、由芽」


 由芽の裸を見ないように視線を顔にだけ固定して、訊ねる。

 俺にも心の準備がある。

 というか、いきなりすぎて、心が追いついていない。


「ゆ、由芽……お前、そもそも、風邪ひいてるんだから、全裸だと悪化するだろ」


 そういう問題ではない気もするが、そんなことを言ってしまっていた。

 いったい、なにがどうなってるんだ。


「ごめんね、たろーちゃん……。風邪ひいたのは、嘘なの……。どうしても、今日はたろーちゃんと、ふたりきりになりたくて……」

「そ、そうだったのか……。由芽が仮病だなんてな……」


 由芽がズル休みするだなんて、初めてじゃないのか? 

 しかし、そこまでして俺と二人きりに……?

 なぜ、今、このタイミングで?


「ね、たろーちゃん……私のこと……抱いて」


 由芽は潤んだ瞳で、こちらのことを熱っぽく見てくる。あまりにもかわいい。心臓の鼓動が早くなって、理性を失ってしまいそうになる。


 それでも俺は踏みとどまった。あまりにも、由芽の行動が意味不明だからだ。


「由芽……なんでそんなに積極的なんだ? もしかして……昨日のことと……関係があるのか?」


 そうだ。昨日のことがあってから、由芽の様子がおかしい。


 ……まぁ、俺や伊呂波が桃太郎の転生だの、鬼がどうこうだの、そんな話がでてくるんだから、俺たちのほうが頭おかしいっちゃそうかもしれないが……。


 そもそも、本当に由芽は鬼なのだろうか?


 昨日の伊呂波に対して挑発するような態度をとった由芽は、いつもの姿からは考えられないものだった。


「……たろーちゃん。……たろーちゃんは伊呂波ちゃんのこと、どう思ってる?」

「……えっ?」


 そこで意外な名前が出てきて、間抜けな声を出してしまった。

 ……伊呂波? なんでここで伊呂波のことが……。


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