第19話「屋上で会話・裏庭で鍛錬」
……で、屋上にやってきたわけだが。
「あらためまして。わたくしは、エリザベス・雉乃と申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
俺と伊呂波、猿谷と犬子ちゃんの前で挨拶する雉乃。
メガネはかけたままなので、知的な感じだ。
「……で、アンタはなにしに来たのよ」
伊呂波は相変わらず不機嫌そのものだ。そんな伊呂波に対しても、雉乃は穏やかな笑みを崩さない。
「それは、わたくしの見ている夢を理解するためですわ。そして、桃太郎のパーティの転生であると思われるあなたたちと会うためです」
これで桃太郎のパーティ全員が揃ったことになるのだが……揃ったからと言って、どうなるんだ。まさか鬼ヶ島へ行くというわけじゃないだろう。
「おい、伊呂波。おまえもずっと雉の仲間を捜してたんだろ。雉乃に対して、そんなに邪険にするなよ」
「ふんっ……」
ぷいっと顔を逸らしてしまう伊呂波。
なぜか知らんが雉乃に対して良い感情は抱いていないようだ。
「すまん、雉乃。こいつ、コミュニケーション能力が異様に低くて……」
「いえ、気にしていませんわ。わたくしは雉、伊呂波さんは桃太郎。従うのが道理です」
金髪碧眼で良家のお姫様のような顔立ちをしているのに、雉乃は大和撫子のように奥ゆかしい。伊呂波にも見習ってほしいもんだ。
「き、雉乃さんっ、犬猫犬子ですっ。よ、よろしくお願いしますー!」
そして、犬子ちゃんが、緊張からか顔を赤くしながら、ぺこりとお辞儀をする。
雉乃との身長差は三十センチぐらいありそうだ。
おそらく、犬子ちゃんの身長は百四十センチぐらいだと思う。ちなみに、伊呂波と俺は、百七十ぐらい。猿谷は百七十五か。
つまり、雉乃は、けっこうでかい。よくあれで俊敏な動きができるものだ。
「よろしくお願いいたしますね、犬子ちゃん」
にっこりと微笑んで、犬子ちゃんと握手する雉乃。続いて、
「さぁ、雉乃くん。僕と握手しよう! 別のところを握って揺さぶってみるのもいいかと思うが! むしろ、そうしよう!」
猿谷がセクハラ発言をしながら、手をワキワキさせて雉乃に向かって伸ばしてくる。その瞬間――。
「あら。おいたはいけませんわ」
「ぬおおおおっ!?」
猿谷の手首を捻って、地面に叩きつける雉乃。
合気道の技のような動きだった。
「ぐうう……とんだ、じゃじゃ馬お嬢様だな……」
「お見苦しいところをお見せしました。……伊呂波さん、不束者ですが、よろしくお願いいたしますわ」
そして、雉乃が何事もなかったように手を伸ばして伊呂波に握手を求める。
「ん……」
伊呂波は面倒くさそうに手を出して、軽く握手した。
「太郎さんも、よろしくお願いいたします」
「え? あ、ああ……」
俺も求められるままに、雉乃と握手する。
……ほんと、お嬢様といった感じの細い指だ。
こんな手で、クナイを投げたり猿谷を投げつけたりするのだから、驚く。
ピアノでも弾いてたほうが、よほど合っている。
こう考えると、本当に戦力になっていないのは俺だけだと痛感する。
いざというときに好きな女の子ひとり助けられないなんて、情けない。
「……ちょっと俺、用事あるの思い出したわ」
こうして皆と会議をしていても、仕方ない。
やはり俺は素振りでもして鍛えていたほうがいいだろう。
「なによ、あたしといるのがそんなに嫌なの!?」
「いや、そんなんじゃないって……それじゃ!」
伊呂波が突っかかってくるが、強引に話を打ち切って屋上を離脱する。
ここにいたって、俺は単なる役立たずだ。
それにこの先、伊呂波たちと戦う可能性だって排除できない。
……それは、考えたくない事態だけど。
〇 〇 〇
裏庭へやってきた。
日陰なので、ランチタイムを楽しむような場所じゃない。人っ子一人いない。
「さて……やるか」
途中で教室に寄って、竹刀入れに包んでいた桃切を取り出した。
『……なんだ、素振りをするのか。昼寝をしていたのだが』
相変わらず、こいつはむかつく奴だ。剣のくせに、寝る必要なんてあるのか。
心の中で悪態をつきつつ、左右の指を柄にしっかりと絡ませて、握り締める。
昨日の素振りの影響で指も手のひらも痛い。皮が擦り剥けている。
それでも、俺は素振りを開始した。
一振りごとに鈍い痛みが響くけど、一刻も早く強くなりたい。
そのためには、ちょっとばかりの痛みなんて関係ない。
昨日、桃切に教わった基本の型と、相手を想定しての応用練習を繰り返す。
昨日の疲れもあって、すぐに手に力が入らなくなったが、それでも手を抜くことなく、しっかりと剣を振るい続ける。
『余分な力が入っていると動きがぶれる。軌道が乱れ、到達距離が長くなる。今のように疲れてきて力が抜けているからこそ、最短距離で剣を振るうことができるのだ』
桃切の御託を訊き流しながら、無心で振るう。いや、無心というのは語弊がある。 今、俺の頭の中には、由芽の顔が浮かんでいた。
――守りたい。たとえ、伊呂波や猿谷や犬子ちゃんを敵に回すことになっても。
まだ、由芽が鬼と確定したわけではない。
それでも、そういう事態だって考えられる。
『……心が乱れているぞ』
「仕方ないだろ……考えたくないことが、いくらでも浮かんでくるんだから」
面・胴と打って、下がりながらの小手。そして、突き――。連続技を繰り出しながら、桃切に言い返す。そこで、再び桃切からアドバイスされた。
『……直線の攻撃だけでは甘い。横も意識するべきだ』
俺は跳びかかってくる敵を想定して、身を右に流しながら、剣を振るう。
はたから見れば、見えない敵に向かって剣を振るっている危ない奴だろう。
でも、人の目を気にしていたら、永遠に上達なんてできない。
そのまま、休み時間が終わるまで、桃切のコーチを受けながら剣の練習に夢中になって取り組んだ。
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