第18話「由芽のメール・雉の留学生」
目が覚めて、最初に確認したのは、いつもの部屋の天井。
視線を横にずらして、ここが自分の部屋であることを確かめた。
そうだ。ここは現代日本だ。大昔の戦場じゃない。
何度か反芻して、ようやく心を落ち着かせる。
そして、日常に復帰するために、いつもと同じことを繰り返す。
まずは、携帯を手にとって、時刻を確認――。
「ん? メール?」
携帯を手にとって、受信メールを開いた。
差出人 鬼宮由芽
件名 今日はお休みします
本文 ごめんなさい。
由芽からのメールだった。
あいつが休むのは珍しいことだ。昨日のことも影響しているのだろうか。
そして……昨夜の夢の中の少女は由芽に瓜二つだった。それの意味するところは、やっぱり……由芽が鬼の転生であるということなのだろうか。
俺と伊呂波、猿谷や犬子ちゃんが本当に転生であるとしたら、その可能性は高い。
でも、推測の域を出ない。とにもかくにも、俺は由芽にメールを返した。
件名 了解
本文 わかった。お大事にな。学校終わったら、見舞いに行く。
……本当は、由芽にも夢のことについても訊きたかった。
でも、メールで訊くようなことでもない。
それに……もし由芽が鬼だったとしたら、どうするんだ?
「まぁ……どうもしない。関係ない。由芽は、由芽だ。問題は……伊呂波だ」
鬼を倒すことに異常に固執している、伊呂波。
由芽が鬼だとしたら、斬ると言っていた。
あいつなら、本当にやりかねない。
「はぁ……これからまた、緊張の日々だな」
ベッドに立てかけてある桃切を手に取る。
そうだ。今の俺は、昨日までと違う。相棒がいる。
「頼んだぞ、桃切」
『だが、戦うのは君自身だ』
相変わらずの減らず口が帰ってくる。
でも、それがなぜか嬉しかった。
「よし、さっさと食事の準備して、学校に行くか」
伊呂波は相変わらず不機嫌なままで、ひと言も口を聞いてくれなかった。
俺は桃切を物置部屋にあった布製の刀入れに包んで、登校した。
伊呂波は、俺が出る前にとっととひとりで学校に行ってしまったが。
「猿谷」
学校について、まずは前の席の猿谷に声をかける。
「なんだ、桃ノ瀬。お前から俺に話しかけてくるとは珍しいな。由芽ちゃんと伊呂波ちゃんのスリーサイズでも教えてくれるのか?」
「んなわけあるか。昨日の話だ、昨日の話」
「昨日?」
「ああ。お前達は、伊呂波とずっと河原で鬼を狩ってたのか?」
「そうだ。おかげでレベルが十ぐらいは上がったような気分だな。昔の自分を取り戻した気がする」
夢の中の猿谷は不本意ながら、確かに強くて頼りになる奴だった。
アホだったが。
「……それで、俺と由芽が襲われてたのは、なんでわかったんだ?」
「そりゃ、伊呂波ちゃんが、向こうから鬼の気配がする、とかなんとか言ってたからな。それで駆けつけたんだ」
「そうか……。で、お前も昔の夢を見ているんだったよな?」
「ああ。昨日は、鬼の拠点へ奇襲しようとして、逆に包囲される夢だったな。ああ、あと、由芽ちゃんにそっくりの少女の全裸を見ることができて、実に眼福だったな!今朝は興奮でご飯三杯食べた!」
「……。……俺も同じ夢を見た。やっぱり、俺達は転生なのかな……」
となると、夢の中に出てきた由芽そっくりの鬼の少女……あれは、やっぱり――。
「あー、席につけー」
担任のいつもな気だるげな声とともに、教室の前のドアが開く。
続いて、昨日会った雉乃が室内に入ってくる。
俺と目が合うと、彼女はウインクをしてきた。
「……あー、突然だが、アメリカから来て我が校で学ぶことになった、エリザベス・雉乃さんだ。あー、雉乃さん、自己紹介を」
担任に促されて、雉乃は教室の皆に向けて礼をすると、にっこりと微笑んだ。
その姿は、上流階級のお嬢様みたいだった。
「アメリカから来ました、エリザベス・雉乃ですわ。ずっと和の文化に憧れていましたので日本で学べることに、とても興奮しています。よろしくお願いいたします♪」
「ィイイヤッホォオオオウ、ブラボォオーーーー!」
猿谷が突然立ち上がって、絶叫する。
……他に追随する者はいない。
静寂が訪れる。
「……あー、そういうわけで、これから雉乃さんはお前達のクラスメイトだ。仲良くするように」
生徒のみならず担任まで猿谷をスルーして、雉乃の自己紹介は終わった。
だが、席が、まだ決まっていない。
……ちょうど、おあつらえむきに俺の隣の席が空いていた。
「それでは、お隣、失礼いたしますわ。よろしくお願いいたしますね、太郎さん」
当然のように、雉乃が俺の隣の席に座ってきた。
「あー、そうだな。桃ノ瀬の隣が空いていたな。そこでいいだろう」
正確には、前の猿谷の席の隣も空いている。うちのクラスは男子二十人の女子十八人。俺と猿谷が窓際の最後尾に一席づつ座っている。俺と猿谷を隣の席にするという話もあったのだが、俺が全力で拒否したのだ。
「ぐうう、なんで桃ノ瀬ばかりハーレムなんだ……!」
猿谷が歯噛みしながら俺のことを見てくるがスルーする。にしても、こうして隣の席に金髪お嬢様がいるというのは、妙なプレッシャーだな。
やがて、一時間目の授業が始まる。雉乃はメガネを取り出して、耳にかけた。
その表情は知的で、学者っぽく見える。
忍者姿でクナイを投げていたときとは、ずいぶんと印象が違う。
むしろ研究者の着るような白衣のほうが似合うだろう。
休み時間。
「うむ……実に、いいな。メガネ属性に目覚めそうだ」
猿谷が雉乃を無遠慮に見つめながら、そんなことを呟く。
そんな猿谷のセクハラ視線をものともせず、雉乃は、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございますわ」
なんてできた女性なんだ。猿谷相手に、こんな態度を取れるとは。
と、そこで、俺は背中に強烈な悪寒がして、振り返った。
「…………」
教室の後ろのドアに立って、無言で伊呂波が俺を睨んでいた。
相変わらず、目つきが悪い。殺人鬼の目つきである。俺の妹は凶悪すぎる。
「……そ、そろそろ作戦会議の時間だったな……」
「む、そうか……。伊呂波ちゃんがお待ちかねか」
「もちろん、わたくしも参加させていただきますわ」
俺たちに続いて、雉乃も廊下へ向かう。転校初日から俺たちと普通に馴染んでいる雉乃を、クラスメイトが何人か不思議そうに見て首をひねっていた。
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