第17話「夢~戦いの火蓋~」
しかし、朝廷の方針が鬼の討伐であるから、それに従わないわけにはいかない。
今更、討伐隊をやめることなどできない。朝廷の命令に背くことは重罪だ。
だが、現場を知らない上の連中は、どれだけ勢力を拡げたかしか見ていない。
勢力を拡げるために、どれだけの戦いが起こり、血が流れ、命が失われ、命が奪われ、悲しみが生まれたかなんて、感じることはない。
頭で理解するのと、実際に前線で感じることは全くの別物だ。
「犬子ちゃん、ここは堪(こら)えてくれ……」
今はやはり、この計画を実行するしかない。
ここで鬼相手に完全な勝利を収めれば、向こうも戦意を喪失するだろう。
そのときこそ、戦いを止める絶好の機会だ。
「じゃ、どうするんだ太郎?」
猿谷が首をコキッコキッと鳴らしながら訊ねてくる。
「ううむ…………そうだな」
縄とか持ってないし、縛るのも……。
しかし、このまま放っておくわけにもいかない。
「ぬ! 僕にいい考えがある」
猿谷が、首を斜めに傾けたまま、声を上げる。
「これを持っていってしまえば、いいではないか」
そう言って猿谷が指さしたのは、泉の傍らに折りたたまれた衣服だった。
巫女の着るような、朱と白の色合いだ。
「わ、わっ」
少女が、あからさまに、困った顔になる。
……なるほど。全裸だと、ここから動けないってわけか。
「猿谷らしい最悪な考えだな。採用」
ここで少女を縛るよりは、マシだろう。
この子自体に、敵意や害意はないし。
「っと、そろそろいかないと、作戦に差し支えるな……」
緊張感がなくなってしまったが、これから命をかけて戦わなければならない。
いくら鬼の勢力が落ちているといっても俺たち三人で戦わねばならないのだから。
「よし、いくぞ……戦いを終わらせるためにも」
「ああ」
「わかりました」
俺たち三人は、泉に鬼の少女を残して、歩き出す。
「あっ」
少女が不安そうな声をあげたのを聞いて、俺は振り返る。
「大丈夫。戦いが終わったら、必ず迎えに来るから。そのときは一緒に暮らそう」
それは、少女を保護するという意味で言ったのだが――。
「――っ!」
少女は、顔を赤くしていた。
……なんか、勘違いされたか?
まぁいい。とにかく、こんな小さな女の子を利用して魔法を使わせて罪のない人々を虐殺したりするという鬼は間違っている。
やはり、戦いは終わらせなきゃいけない。
どんなに俺たちの手が血で汚れようとも次の世代には平和な日々を送ってほしい。
それだけが、胸にあった。
それこそが、異能の力を持った俺たちの使命だと思う。
………………。
…………。
……。
俺たちは鬼の里を見下ろす丘に達していた。
山道を熟知している猿谷のおかげで、絶好の場所に辿り着けたわけだ。
あとは、攻め込むばかり。
里の周りには堀、柵、逆茂木(さかもぎ)などあるが、緊迫感はまったくない。
基本的に俺たちは攻めてきた鬼を返り討ちにすることが多かった。
なので、自分たちが攻撃されるとは思っていないのだろう。
見張りもどこか気の抜けた顔で立っている。
政庁と見られる場所には、兵士の鬼が散見されるが、武器を持っていない。
なんであれ、平和な日常を乱すことは嫌なものだが。
でも、やるしかない。すべてを終わらせるために。
「じゃ、手はず通り……犬子ちゃんの魔法で逆茂木や柵を吹っ飛ばし、そこから浸入して奇襲する。こちらで煙が上がれば、途中まで出張ってきてる討伐隊の本隊も攻め上がってくるはずだ。それじゃ、行くぞ」
「ああ。暴れてみせるさ。いつも防戦ばっかりで飽きていたところだからな」
「犬子もです。ようやく、鬼に思うさま復讐できますっ!」
「……鬼とはいえ、非戦闘員……子供や女性、老人には攻撃するなよ。あくまでも、狙いは敵の親玉と戦闘部隊だ。そいつらが目標だ」
「わかってるさ」
「了解です」
猿谷が手甲を嵌めなおし、犬子ちゃんが杖を構える。
俺も、剣を抜き放った。
「それじゃ、いくぞ……犬子ちゃん」
「了解です。いきます。……はああああああああっ!」
犬子ちゃんの持っている杖に、四方から風が集まってくる。
そして、
「やあああああああああっ!」
気合諸共、杖から放たれた炎属性の衝撃波が、前面の逆茂木と柵を薙ぎ倒す。
相変わらずの威力だ。
突如として起こった異変に、里の鬼たちが騒ぎ出す。
そこへ、俺と猿谷が山を一挙に駆け下りて、殺到した。
非戦闘員は無視。
一目見て凶悪な姿をしている兵士の鬼に立ち向かう。
「はああっ!」
相手は、腰の棍棒を引き抜く前に、俺に斬られていた。
「どおらっしゃああ!」
猿谷の回し蹴りが炸裂して、横にいた鬼も倒される。
そして、
「やあああああっ!」
俺たちの後ろから犬子ちゃんが魔法を放って、政庁に攻撃する。
衝撃波が直撃し、建物が轟音とともに崩壊した。
さあ、出てこい、鬼の親玉――!
……しかし。
「……誰もいない?」
政庁の中に鬼の親玉はいないようだった。そして、里にいた鬼たちは蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
……妙だ。あまりにも引き際が鮮やかだ。
まるで、奇襲されることがわかっていたかのような。
「これはおかしいぞ、太郎……」
「ああ……」
今朝出発前に戻ってきた斥候の話では、砦のほうに鬼たちが攻め込んできているという話はなかった。もしそうなら、とっくに本隊と衝突しているはずだ。
「これは……どういうことでしょうか」
犬子ちゃんは自分の胸に杖を引き寄せながら、油断なく周囲に視線を走らせる。
「ふむ……非戦闘員も急を突かれたわりには迷うことなく柵を越えて逃げていったな……まるで、最初から打ち合わせていたように」
そうだ。倒せたのが二匹だけなんて、おかしすぎる。
事前の情報では、ここに百匹の鬼がいたはずだ。
「はわっ⁉ み、見てください!」
犬子ちゃんが目を大きく見開いて、丘のほうを見る。
「まさか――!」
信じたくないが、俺は犬子ちゃんの視線の先を見た。
そこには、完全武装した鬼の一団がいた。
赤一色で統一された鬼の軍勢。それは、不気味な静けさを保っている。
さらには、別の山からも、続々と鬼の手勢が現れる。
俺たちが越えてきた山を除いて、三方向の山に鬼たちが隠れていたのだ。
……しかも、斥候から知らされていた数よりも多い。三百はいるだろうか。
「……太郎。どうやら、謀られたみたいだな」
「謀るって、誰がだ?」
半ば、誰だかわかりつつあった。
しかし、訊き返さざるをえない心理状況だった。
「それは……この作戦を考えた人間だろう」
「ええっ!? つまり、隊長がですか!?」
犬子ちゃんが跳び上がらんばかりに、驚きの声を上げる。
……そうだ。この作戦の詳細を一番よく知っているのは隊長しかいない。
あの狐目の調子のよさそうな隊長の顔が、浮かぶ。
どこか信用しにくいところがあったが、まさか俺たちを嵌めるとは。
太鼓を叩く大きな音が、ドン、ドン、ドン! と、三回響き渡る。
鬼たちは、一斉にこちらに向けて弓を構えた。
俺たちが出てきた間道のほうにも別の山から鬼たちが回ってきて、退路を断った。
「……とんだことになったな、太郎」
「とにかく、やるしかないだろう」
「で、でもっ……あんなに大勢を相手に……!」
奇襲が失敗したとはいえ、最初から多勢を相手するのは覚悟の上だ。
「自分を信じろ! ……最後まで諦めるな! 俺たちは異能の使い手だろ!」
三対三百――。
無数の矢が放たれる音とともに、俺たちの戦いは始まった。
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