第16話「夢~攻略作戦と鬼の少女~」

※ ※ ※


 北の村の少女――犬子ちゃん――が杖を持って、こちらに襲いかかってくる。


「踏み込みが足らない!」


 夢の中の俺は突き出された杖をかわしながら、犬子ちゃんを叱責する。

 今回も古語っぽいものをしゃべっていたが、ちゃんと現代語訳されていた。


「ええいっ!」


 それでも犬子ちゃんは闘志を燃やしながら、こちらに向かって何度も杖を繰り出してくる。


 さすがに全てはかわせない。手に持った木刀で、こちらの防御範囲に入った攻撃だけを適確に受け流す。


「甘い。そんなことじゃ、鬼は倒せないぞ!」


 鬼と聞いて、犬子ちゃんの表情が怒りに変わる。

 そうだ。それぐらいの気持ちじゃないと、鬼を殺すことはできない。


 心の傷を刺激することはしたくないが、これから先、もし魔法が使えない事態になったときのために、近接戦闘能力がないと殺される。

 生き残るためには、力をつけるしかないのだ。


「ほら、足が止まってるぞ!」


 小柄な体格の犬子ちゃんにとっては、ひとつの攻撃でかなりの体力を消耗する。

 それでも、立ち止まったら、やられてしまう。それが、戦場だ。


「そらっ」


 疲労から下がってきた杖を、木刀で巻きつけるように跳ね上げる。


「あっ!」


 杖が犬子ちゃんの手を離れ、クルクルと回転しながら空中に飛んでいく。


「……ええいっ!」


 武器を失った犬子ちゃんは、今度は素手で殴りかかってくる。いい闘争心だ。

 しかし、手を抜いたら、稽古にならない。

 犬子ちゃんの拳を左に流しながらかわして、木刀で肩を打つ。


「きゃあぁっ!」


 犬子ちゃんは派手に地面に倒れた。


「今日はここまでだな」

「……うぅ……やっぱり、まだまだ修行が足らないです……」

「まぁ、前よりはだいぶよくなったけどな……」


 しかし、一週間後の攻勢のことを考えると、不安というのが本音だ。

 なんとなく、嫌な予感がしているのだ。


「ほほう、やっているな」


 丁度、砦に打ち合わせに来ていた猿谷が、俺たちのところへやってくる。

 こいつも、一週間後に鬼の拠点を攻撃する作戦に参加する。


「どう思う、猿谷?」

「ん? なにがだ?」

「なにがって、次の作戦のことだ。うまくいくと思うか?」

「ふむ」


 猿谷が珍しく腕組みをして、考え込む素振りを見せる。


「……まぁ、俺と太郎と犬子ちゃんがいれば、なんとかなるだろう」


 本当はいくらか戦力になる討伐隊の精鋭部隊にも来てほしいのだが、砦の守りを疎かにするわけにはいかないので、参加できないとのことだった。


「敵の勢力が落ちてきているとはいえ、俺たちに頼りすぎな作戦じゃないのか?」

「ふむ……まぁ、僕は暴れられれば、それでいいけどな」


 まぁ、猿谷にまともな話をしても意味なかった。

 こいつは基本的に身体を動かせればなんでもいい変態だから。


「犬子ちゃんはどう思う?」

「……犬子は、作戦に口を挟む立場じゃないですから……。それに犬子も……鬼を殺すことさえできれば、それでいいです……」

「うん……そうか」


 やっぱり、故郷の村人を殺された恨みが、犬子ちゃんには根深くある。

 それが、戦う理由なのだ。


 犬子ちゃんのような童女には復讐に燃えた暗い表情は似合わないのだが、それは俺の勝手な想いだろう。


「もうひとりぐらい、戦力がほしいところだな……」


 そうは思うが、今の砦には他に異能者はいない。

 一応、雉乃という異能の持ち主も部隊に所属しているのだが、今は朝廷に戦況の報告にいっていた。飛行能力があるので、そういうときは重宝するのだ。こちらとしては貴重な偵察要員がいなくなって、困っているのだが。


 しかし、なんだってこんなときに総攻撃なんてかけるのか。雉乃が帰って来てからのほうがいいだろうに。朝廷の考えはよくわからない。


「まぁ……慎重にやるべきだな」


 いくら力で鬼を凌駕しているといっても、こちらの人数が少なすぎる。

 魔力封じの謎も解けていない。

 隊長に反対意見も述べたのだが、それは取り上げてもらえなかった。

 上には上の都合があるらしい。



 そして、作戦当日――。

 俺たちは、夜明けとともに、砦を出た。

 猿谷の熟知している山中の間道を通って、鬼の拠点へ攻撃をしかけるのだ。


 夜襲も考えたが、それはやめた。なにかあった場合に、離れ離れになってしまう可能性がある。そうなると、向こうに地の利があるのだから危険だ。


 だが、それ以上に、嫌な予感がする。

 なんだ、この胸騒ぎは……?


 猿谷を先頭に森の中を進み、途中からは獣道を登っていく。

 膝下まで伸びた草を踏み、頭上を覆う枝葉をよけながら、黙々と進んでいく。


 毒虫や蛇、獣に注意しながら歩くので、なかなか時間がかかる。

 戦う前から神経を使う状態はよくないのだが、奇襲のためには仕方ない。


「もう少しで、中間地点だ」


 猿谷は迷うことなく、歩を進めていく。今どこを歩いているのか把握している。

 何度も斥候で通ってるので、慣れたものだ。

 俺も出発前にこれから通る道を頭に入れたが、距離の感覚となると難しい。


「そろそろ中間地点の泉だ」


 ころころと軽やかな水音がして、泉が近いことを知らせる。

 ちょうど喉も渇いていたところだ。

 やれやれ、休める――と、思った瞬間。


「あっ」


 泉の前に出たところで、俺は少女と目があった。

 彼女は俺を見て、小さく声を上げる。


 その少女は、完全な全裸だった。そして、あどけない顔のさらに上――頭部には小さな角が二本、髪の中からぴょこんと生えている。


「僕の趣味、ど真ん中ぁあああああああああああああああああああああああああ!」

「アホかお前は!」


 隠密行動を忘れて少女に飛びかかろうとした猿谷の頭を、とりあえずぶん殴った。


「わっ、わっ……逃げないとっ。あっ」


 目の前の少女がつまずいて、倒れそうになる。

 俺は反射的に彼女を抱きとめていた。


「おっと……」

「あっ……」


 少女と目が合う。その瞬間、あまりのかわいさに、ビビッときてしまった。

 って、これじゃあ猿谷と変わらないじゃないか。違う、俺にそんな趣味はない!


「だ、だだだ大丈夫か?」

「あっ……はい」


 俺のことをじっと見つめていた少女は、なぜか顔を赤らめて、頷いた。


「おいぃ! 太郎、貴様ぁああ!」

「だーっ! 事故だろ今のは! 俺をお前と一緒にするな!」


 って、こんなことで騒いで計画が台無しにするわけにはいかない。


「とりあえず、尋問しましょうっ」


 犬子ちゃんは、まだ少女といっていいぐらいの年齢なのに、俺たちよりも冷静だ。

 尋問か。まぁ……情報を聞き出せるのならば、それに越したことはない。

 低級鬼と違って、言葉を話せるみたいだしな、この子は。


「尋問か。なら僕に任せろ。何度も経験がある」


 猿谷は少女の前に立って口を開いた。


「まず、訊こう。胸・腹・尻、三つの大きさは?」


 俺は、無言で猿谷の頭をぶん殴った。


「今のは忘れてくれ。君は……この先にある鬼の里に棲んでいるんだな?」


 俺は未だ顔を赤くしてこちらを見ている少女に対して、尋問を始める。

 目のやり場に困るが、仕方ない。見ない。見えない。見てはいけない。


「はい……」


 少女は俯きながら、答える。

 そこで、彼女の首に、勾玉のような首飾りがあることに気がついた。


「……その首飾りをつけてるってことは……なにか呪術を使うのか?」

「――っ!」


 ビクッと少女が、体を震わせる。

 ……そうか、正解か。


「もしかして……犬子の村を襲って魔力を無効化したのは、あなたですか!?」


 犬子ちゃんが、血相を変えて、少女のもとに一歩踏み出した。


「待て、犬子ちゃん。落ち着いて」


 止めないと、襲いかかりそうなほどの勢いだ。気持ちはわかるが……。


「ご……ごめんなさい。あれは……私の仕業です。まさか、お父さんが……そんなひどいことするなんて思わなくて……」


 少女は涙ぐみながら、犬子ちゃんに頭を下げていた。


「っ……!」

「だめだ」


 魔力を発動させようとした犬子ちゃんの手を掴む。


「ここで魔法をぶっ放したら作戦がぶち壊しだ……。それに、この子は利用されただけだろう」

「でもっ……!」


 今度は、犬子ちゃんの瞳に涙がたまっていた。

 杖をきつく握りしめた手は、ブルブルと震えていた。


 ……本当に、戦いってのは憎しみしか産まない。


 こちらがやられても、向こうがやられても、どちらかに恨みが生まれる。

 それを繰り返すことで、双方の憎しみは、よりいっそう強くなる。

 いつになっても、戦いが終わらなくなってしまう。


 戦いを終わらすために、戦う。

 それが俺の思想だったが、最前線で戦っていると、どうしても考えてしまう。

 本当は、戦わなくてもいい方法があるんじゃないか、と――。


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