第15話「意思ある剣『桃切』」
無造作に積んである刀を、全部外に出してみる。細身のものから巨大なものまで、色々な種類の刀剣があった。
「にしても、親父の奴、ずいぶん集めたな……」
ざっと数えて五十振り以上ある。
「っと、これは……」
埃塗れになりながら奥まで見ていると、ひときわ大きな鞘を見つけた。
普通の剣の三倍ぐらい大きい。刀というより野太刀といった武骨な印象を受ける。
「……?」
手に持ってみると、意外なほど軽い。
「まさか……おもちゃか?」
柄を払って、刀身を白日に晒してみる。剣はまばゆいばかりの光を放っている。ずっと放置されていたとは思えない輝きだ。
『……小生の眠りを妨げるのは誰だ――?』
「うわっ!?」
突然、誰かの声がして、俺は剣を持ったまま跳び上がった。
慌てて周囲を見回すが、人の気配はない。
「なんだ……気のせいか? 幻聴幻覚のたぐいか?」
きょろきょろしながら、もう一度、剣に目をやる。
それは、相変わらず清涼な光を湛えている。
「まさか、剣がしゃべるなんてことないだろうしな」
『しゃべりはしない。君の心に訴えかけているのだ』
俺は、今度は飛び跳ねなかった。
……ただ、剣を見て、汗をだらだらと流すばかりだった。
『どうした?』
どうしたもこうしたもない。剣が、しゃべってる?
いや、俺の心に訴えかけてきているのか?
ついに俺の頭は、どうかしちまったのか?
『安心したまえ。君はおかしくなったのではない。……小生は、意志ある剣――桃切(ももきり)である』
こっちが脳内で思ったことに対して、答えが返ってくる。
「桃切……? じゃあ、桃太郎と関係が?」
『ああ。遠い昔に小生を使っていたのは、彼だ』
……そんな剣が今も残っていることが驚きだ。
『……生ある剣でなければ小生もとっくに朽ち果てていたことだろう。もっとも、今までに何度も戦火に晒されたがね。そのたびに、持ち主を変えてきた。最後に小生を使ったのは、今から百五十年ほど前に死んだ武士だ』
百五十年前というと、幕末あたり……戊辰戦争があった頃だろうか。
『正解だ。……ただ、これ以上、あの頃の話はしたくない。……その後、何度も人手に渡って、君の父親が小生を手に入れたのが十年前だ』
じゃあ、親父はこの剣が生きている剣ってことを知っていたのか?
『不正解だ。彼は、小生の声を聞くことをできる素質がなかった。趣味で刀剣商から小生を購(あがな)っただけだ。その後、長い眠りに小生は入っていた』
「素質……?」
『そうだ。使命を持っている者だけが、小生を使うことができる。求める者だけに、小生の力は与えられる』
現時点では使命とまで言えるかどうかはわからない。
……ただ、俺は由芽のことを守りたい。
もし、この先、伊呂波と戦うことになろうとも。
『………………』
由芽と伊呂波とのことを考えた途端、さっきまで饒舌だった剣が急に黙り込んだ。
「なぁ、桃太郎が使っていた剣だってんなら……やっぱり桃太郎の転生の……伊呂波の味方なんだろ?」
『不正解だ。とはいっても、無論、鬼の味方でもない。小生は持ち主の正義のため、信念のため……使命のためにこそ、働くのだ』
「…………」
正義? 信念? 使命? そこまで呼べるほどのものが、俺にあるのか?
……ただ、由芽を守りたい。伊呂波の暴走を止めたい。
このまま、鬼と桃太郎が永遠に憎しみあう存在でいいのかと思う。
『それで十分だ、君が戦う理由は。……戦わねば、守れないのなら』
答えは見つからない。これでいいのかはわからない。
でも、今の俺はは剣をとるしかなかった。
素手では、襲いかかってくる鬼とは戦えない。
それに、伊呂波と戦うことになるとしたら、なおさら――。
『決意はできたか?』
「ああ……。俺がなにもしなかったら、たぶん……みんな不幸になる」
『そうか。ならば、せいぜい励むがいい』
そう言った桃切の感情は、わからない。
なんだか、焚き付けるだけ焚き付けて……ズルイ奴な気もする。
『特に否定はしない』
「そうかよ! まぁ、よろしく頼むぜ、相棒」
『ああ。役に立って見せよう』
そして、さしあたっては……。
「普通に、剣として振るえばいいんだよな?」
『ああ、小生は意志あるとはいえ、動くことはできない。あくまでも、戦うのは君だけだ。どうにも軟弱で頼りなさげだが、せいぜいがんばりたまえ』
……なんか、むかついてきた。
『まぁ、せいぜい努力したまえ』
「よし……んじゃ、ちょっと外に出るか」
俺は一度玄関から出て、中庭にやってくる。そして、
「でいっ!」
俺は剣を勢いよく地面に突き刺してみた。
ズブッ――!と、刀身の先っぽが地中に埋まる。
『……気は済んだか?』
余計に腹が立つだけだった。
「まぁ、いいや……素振りだ、素振り」
伊呂波がやっていたのを思い出しながら、適当に面・胴・小手と剣を振るう。
すぐに桃切から指導が入る。
『意外とスジがいい。姿勢が正しいのは、剣を振るうにはいいことだ。ただ、イメージができていない』
「……イメージ?」
『常に相手をイメージして剣を振るえ。相手がどう攻めてくるか……正面からか、横からか、はたまた足元か。複数か。ただ正面に向かって素振りをしているだけでは、いざ実戦となったときに瞬間的な対応ができない。稽古でできないことは、実戦では決してできないものだ』
言われてみれば、その通りかもしれない。
一人で練習してるだけではわからなかったし、伊呂波も協力してくれるとは思えないし、いいコーチができた。
さっそく、鬼が正面から来る場合や、横から来る場合、複数で来る場合を想定しながら、剣を振るう。そうすると、ただ素振りしているだけよりも、遥かに楽しい。
『そうしたら、また基本に戻って素振りだ』
「なんで? さっき否定してたじゃないか?」
『基本姿勢が崩れてきている。応用ばかりやると、体の軸がぶれる。正しい姿勢で剣を振るえないと、力が伝わらない』
……なんだか小うるさい先生ができたようなものかもしれない。
まぁ、剣の素人の俺にはありがたいことかもしれないけど。
そうして俺は、桃切から小言を言われながらも、一時間半、みっちり基本と応用の稽古を繰り返した。
「はぁ、はぁ……疲れたな」
『一日でこれだけできれば上出来だろう。無駄に才能があるらしい』
「無駄にってなんだ、無駄にって……」
陽もだいぶ傾いた。そろそろ夕飯の支度もしなきゃいけない。
今日はもういいだろう。
「汗びっしょりだし、先に風呂に入るか……」
こんなに運動したのは、久しぶりだ。明日は筋肉痛かもしれない。
『そういえば、君の名前を聞いていなかったな』
「言わなくてもわかるんじゃないのか? 太郎だよ、太郎。桃ノ瀬太郎」
『そうか。太郎か。いい名前だ』
「そらどうも!」
俺は当然、あまり気に入っていない名前だがな!
そして、伊呂波が自宅へ帰ってきたのは、俺が夕食を作り終わってから二時間が経った頃だった。
「遅いな。なにやってたんだ?」
「……そんなの決まってるじゃない。河原周辺の鬼を狩ってたのよ」
「犬子ちゃんと猿谷も?」
「当たり前じゃない。鍛錬なんだから」
相変わらず、伊呂波は怒り顔というか、敵意剥き出しというか。
「ひとつ訊いておくがな」
俺は、素振りの影響で早くも強張っている全身の筋肉を感じながら、伊呂波に向かって重要なことを訊ねる。
「仮に、もし、万が一……由芽が鬼だったとしたら、どうする?」
「斬る。鬼を皆殺しにするのが私の使命だから」
まったく、頭の固い奴だ。なら、俺も答えは一つ。
「そのときは俺が相手だからな。由芽には手を出させない」
伊呂波は、今にも俺のことを殺しそうな勢いで睨みつけてくる。
それに怯むことなく、俺は言葉を継ぐ。
「ああいう低級鬼みたいななんの思慮もなしに襲いかかってくる奴は斬っても仕方ないだろうけど、こちらに害も与えていない鬼まで倒すってのは、おかしいと思わないのか? しかも、由芽は俺たちの幼馴染なんだぞ?」
「そんなの関係ない」
「なんでだよ」
「それが、私の使命だから」
意味がわからない。なんで、そんなのが使命なんだ。
使命というのは、そんなものではないはずだ。
「おかしいだろ。やっぱり、それは」
「あんたには関係ない」
「関係あるだろ。由芽は、俺達の」
「由芽、由芽って、うるさいよ! そんなに由芽姉ちゃんのことが好きなの!?」
「……はっ?」
思いもしない方向に話が飛んで、困惑する。
「そりゃ、お前……幼なじみだろ? 由芽は、その」
「わたしが訊いてるのは、そういうことじゃない!」
「いや、そりゃ、お前……」
由芽のことは、そうだ、好きだ。
けど、それを伊呂波の前ではっきり言うことは憚られる気持ちがある。
「いいよもう!」
伊呂波が勝手に話を切り上げると乱暴にドアを閉めて、リビングから出て行ってしまった。
「伊呂波……?」
伊呂波がなにをそこまで怒っているかはわからないが、あんな表情を見るのは初めてだった。なんで俺が由芽を好きだということにこだわる?
「まぁ、いいか……。今の俺にできるのは、いざってときのために剣の腕を上げておくことだしな」
そうしないと、自分の身すら守れない。
その後は、風呂に入って、今日一日分の汗を流した。
運動をしたあとの風呂は、やっぱり気持ちがいい。
久しく味わっていなかった、快感だ。
あとは、もう寝るだけ。
なんだかんだで伊呂波は、俺が風呂に入っている間に、夕飯を食べたらしい。
「さて、今夜の夢はなんだろうな……」
たまには、普通の夢でも見たいものだが。
昼間の疲れも手伝って、俺はいつもよりも早く眠りに落ちていった。
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