第14話「一触即発」
「ということは……あなたが……雉さんなんですかっ?」
犬子ちゃんの問いに、雉乃は頷く。
「そうですわよ。日本にやってきて、いきなり仲間を見つけられるとは驚きましたけれど。それでは改めて。よろしくお願いいたしますわ、桃ノ瀬伊呂波さん」
「な、なんでわたしの名前知ってんのよ?」
「それは、私がアメリカで桃太郎のことをずっと調べていたからです。私の見ている夢の意味を理解するために。そして、祖母の生まれ故郷であるこの地に転校することにいたしました。とある学校の生徒名簿から、桃太郎の転生らしい名前を発見しましたので」
「それは、どうやって知ったんですか?」
「ハッキングですわ」
見た目はお嬢様なのに、フリーダムだな……。
職員室に不法侵入する伊呂波といい勝負だ。
「え、えっと……。た、たろーちゃん?」
ただ一人状況について来られない由芽が俺のほうに助けを求めるような瞳を向けてくる。まぁ、いきなりファンタジーな世界が眼前に出来してるんだから、当然だ。
「うんとだな……。あー、信じてもらえないと思うが……」
「わたしは桃太郎の転生。そして、ここにいるみんなも、犬・猿・雉の転生」
「ええっ」
伊呂波の言葉に、由芽が目を丸くする。
そりゃそうだ。俺だって、そんなこと言われたら驚く。
「じゃ、じゃあ、たろーちゃんもそうなの?」
「うーん、俺はよくわかんないんだよな……なんか昔話みたいな夢は見てるんだが、今のところ不思議な力はないんだ」
なんで俺と伊呂波だけ、キャラが被(かぶ)っているのかはわからないが……。
もしかすると、桃が二つに割れるみたいに、善玉と悪玉にでもなったのか……?
桃太郎の激しい部分が伊呂波に、そして、穏やかな部分が俺に。
案外そんなものかもしれない。
そんなふうに考えていると――、
「そんなこと言って……由芽姉ちゃんだって、鬼じゃないの?」
「えっ。わっ」
伊呂波は、刀を引き抜くと、由芽の目の前に突き出した。
「って、お前、なにやってんだ!?」
俺は慌てて、二人の間に割って入る。
「お兄ちゃん、邪魔」
伊呂波は由芽から目を逸らさないまま、殺気だった声で吐き捨てる。
「お前、由芽が鬼なわけないだろ!」
「私の直感はそう告げてる」
「そんなので決めるな!」
相変わらず、妹は直情径行だ。
普通、いきなり幼なじみに刀を突きつけるか?
「……ねぇ……伊呂波ちゃん」
由芽が、いつもよりも低い声で伊呂波に呼びかけた。
どこか、いつもの由芽と雰囲気が違う。
「ふふ……わたしが本当に鬼だったら、どうするのかな?」
それは今まで見たことのない笑い方と低い声だった。
どこか、恐怖を感じさせるというか……妙な威圧感がある。
わずかに、伊呂波の刀が揺れる。
しかし、すぐに柄を握る手に力が込められた。
「……殺す。鬼を根絶するのが私の使命だから」
「あははっ……♪ 怖いよ、伊呂波ちゃん。安心して。わたしは、鬼じゃないから」
伊呂波は、由芽の頭部を確認するように見つめる。
そこに鬼の持つ角は――……なかった。
「ほら、とにかく刀をしまえよ!」
「ふんっ」
伊呂波は日本刀を引くと、勢いよく鞘に収めた。
「ふむ……まぁ、僕にはよくわからんのだが……。由芽嬢と戦うなんて真っ平ごめんだな。美少女は世界の共有財産だ!」
「い、犬子も……由芽さんと戦いたくありません」
猿谷も犬子ちゃんも、微妙な表情だ。
と、そこへ。
「お取り込み中悪いんだけど」
雉乃が肩を竦めながら、話しかけてくる。
「私は引越しの荷解きがあるから帰らせていただくわ。また明日、学校でお目にかかるわね。それでは、また明日お目にかからせていただくわ」
雉乃は軽く手を振ると、音もなく去っていった。正直、これ以上話がこんがらがると俺もついていけなくなりそうだったので助かる。
これで桃太郎のパーティが全員揃ったことになるのか?
ともあれ、今、俺のやるべきことはひとつ。
「俺は由芽を家に送ってくから」
まずは、この微妙な空気から抜け出したい。
このまま伊呂波と由芽を一緒の空間においておくと危険な気がする。
「勝手にすれば!」
伊呂波は吐き捨てるように言って、そっぽを向いた。
「じゃあ、行こう、由芽」
「……うんっ」
その後の由芽との帰り道。いつになく空気が重苦しい。
沈黙に耐え切れずに何度か口を開きかけたが、なにかを考えている様子の由芽に話しかけることはできなかった。
そうしているうちに由芽の家の前まで来てしまった。
そこで、ようやく由芽が口を開く。
「ね、たろーちゃん」
「……なんだ?」
「…………。ううん……やっぱり、なんでもない。それじゃあ、ばいばい♪」
由芽は一瞬悲しそうな顔をした。それは、本当に一瞬で。
長年幼なじみをやっていないとわからない変化だ。
そのまま由芽は、玄関に向かって歩き出そうとする。
「あっ」
「おっと」
段差でつまずきそうになった由芽を、反射的に後ろから抱きとめた。
「大丈夫か?」
「うん……」
胸の中に収まった由芽の体。
それはとても華奢で、抱きしめたら折れてしまいそうで。
その由芽が鬼だなんて、考えられない。考えたくない。
「由芽……」
「ありがとう、たろーちゃん。平気だから♪」
由芽は自分の足でしっかりと立つと、俺から体を離した。
「それじゃあ、ばいばいっ」
今度こそ、由芽は家の中に入って行った。こちらを、振り返ることなく。
ガチャンという、ドアが閉まる音が嫌に耳に響いた。
もう少しで、何かを思い出しそうだ。
しかし、思い出そうとすればするほど、記憶は遠ざかるばかりだ。
あとちょっとなのに……。
「…………」
しかし、いつまでも由芽の家の前で立ち尽くしているわけにもいかない。
俺は、なおもその場に立ち止まろうとする自分の足を無理やり動かして自宅へ向かって歩き出す。家までの三分間が、やけに遠く感じられた。
〇 〇 〇
家に帰った俺は、まず物置部屋に向かった。いざとなったら、俺が伊呂波から由芽を守るしかない――そういう結論に至ったからだ。
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