第13話「雉の留学生~金髪ハーフお嬢様忍者~」
さっきから、同じところを、ずっと歩いているような気がする。
いっこうに、前へ進んでいない。そして、人も車も通らない。
視界の半径百メートルあたりのところで、周囲の空間が黒く霞んでいる。
「な、なんだこりゃ……?」
混乱する頭で、どうにか結論を導き出す。
やはり、これは……鬼かなんかに関わる怪奇現象だろう。
「た、たろーちゃん……?」
異変に気がついた由芽が、心細げに俺の手を握る。
それを握り返しながら辺りの気配を探る。
(こんな伊呂波たちがいないときに、鬼なんて現れたら……)
……かなり、まずいことになる。俺には異能の力なんてないんだから。
「グルルルルル……」
唐突に背後から獣の唸るような声が聞こえて、慌てて振り向いた。
そこには、頭から角を生やした青色の鬼がいた。
「た、たろーちゃん……」
由芽は声を震わせて、ますます俺の手を強く握ってくる。
「由芽……ここは俺がなんとかするから、逃げろ」
「やだ……やだよ。たろーちゃんと一緒じゃなきゃ……」
俺だって、由芽と離れたくない。だが、今までの鬼の動きからすると、手をつないだまま逃げられるような相手ではない。
幸い、相手は一匹だ。
しかし……この異常な空間の中を、どこへ逃げればいいのか。
(伊呂波が気づいてくれるのを待つしかないよな?)
やはり、それまで持ちこたえるしかない。
「由芽、ごめん、一回、手放すぞ……」
俺の覚悟がわかったのか、由芽は震える手で指を外してくれた。
俺は由芽から距離をとるために、わざと相手に近寄る。
「グルルゥウウ……」
青鬼は俺を睨みつけながら、低く唸る。
(……こんなことなら日本刀の一つも持ってくるんだったな。そんなもん持ち歩いてたら普通に職質くらいそうだが)
そんなことを考えながらも、鬼と対峙する。
もうこうなったら、徒手空拳で戦うしかない。
「グルアアアア!」
鬼が頭上から両手を叩きつけるように攻撃してくる。それを後ろに下がってかわしたあとに踏み込んで、右手で思いっきり相手の顔面を殴る――!
実は昔、空手を少し習ったことがあるのだ。
確かな手応えを感じたのだが、相手はそのままこちらに襲いかかってきた。
(俺のパンチじゃ効かないってのか!?)
猿谷のドロップキックで一撃で消えた鬼。だが、俺はやはり、ただの人間だった。
金属のように硬い相手の右拳が顔面に当たって、無様に吹っ飛ばされる。
背中からアスファルトに強(したた)かに叩きつけられて、息が止まりそうなほどの衝撃が走った。
「たろーちゃん!」
由芽が慌てて駆け寄ってくる。
「ぐっ……由芽、逃げろ……」
なんとか上体を起こして、ふらつきながら立ち上がる。
正直、ここまで力の差があるなんて思わなかった。
(伊呂波も、猿谷も、犬子ちゃんも、強かったんだな……)
そりゃ、俺なんか村人みたいなもんだもんな。なんの力も持たない、モブキャラ。
でも。だが。しかし――。
(……由芽だけは、絶対に守る)
たとえ、殺されたって、目の前の幼馴染だけは守るんだ。
それが、俺の――。
「使命だ!」
叫ぶとともに、一瞬、脳裏に遠い昔の記憶が過ぎった。
(なんだ、今のは……?)
「たろーちゃん!」
「え? うあっ!?」
由芽の声に気がついたときには、鬼が跳躍して襲いかかってくるところだった。
凶悪な眼差し、剥きだしの牙、迫りくる巨躯――。
(やられる!?)
そう思った瞬間。
――ズンッ!
俺のすぐ目の前で――鬼のこめかみに忍者の使うようなクナイが突き刺さる。
そのまま、鬼は横に倒れて、消滅していった。
「な、なんだ……!?」
消滅した鬼から、クナイが飛んできた方向――電柱の上だ――を見る。
そこには、
「あら? 一撃で死ぬとは情けない鬼なのね?」
忍者装束を纏った金髪美少女がいた。
「はっ!」
そして、金髪美少女は電柱から飛び降りると、俺の目の前に着地する。
ハーフのような顔立ち、瞳は碧くて、ぱっちりしている。
一見、お嬢様風に見えるが、忍者装束なのですごいギャップを醸し出していた。
「……あなたは、一般人ではないのですよね?」
そのお嬢様忍者(?)は、俺の顔を見ながら、訊ねてくる。
と、そのとき――。
「お兄ちゃん!」
「桃ノ瀬ぇ!」
「桃ノ瀬先輩っ!」
空間の向こうから、伊呂波と猿谷と犬子ちゃんが現れた。
「あら、やっぱり、あなた達、そうなのね」
伊呂波達を見て、お嬢様忍者は納得したような声を発した。
正直、俺にはなにがなんだかわからないのだが……。
「む? なんだこのお嬢様は? 貴様、由芽ちゃんがいながらナンパか? とっかえひっかえなのかぁ!?」
「鬼の気配が消えてる……ってことは」
伊呂波の視線を受けて、お嬢様忍者は軽く頭を下げる。
「はじめまして。私はエリザベス・雉乃(きじの)。ずっとあなたたちを探していたわ」
雉乃? ……雉? ……つまり、そういうことなのか?
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