第12話「デートと帰り道と想い」
※ ※ ※
「たろーちゃん、行こー♪」
「お、おう……」
帰りのホームルームが終わるや、鞄を持った由芽が俺の席までやってくる。
当然、注目を無茶苦茶集めるわけで、教室の隅々から様々なプレッシャーがくる。
慣れたとはいっても……やっぱり、慣れるわけはない。
由芽は超絶美少女すぎる。
「桃ノ瀬、貴様……!」
猿谷がこちらを見て今にも憤死しそうな顔をする。
「許せ。お前には犬子ちゃんがいるじゃないか」
「……今度セクハラ発言をしたら警察に相談すると言われた……」
「そうか……まぁ、がんばれ」
身体を震わせる猿谷を慰めながら、俺と由芽は教室を出た。
そうして、やってきたのはショッピングモール。
学校からそう遠くない場所にあるので、うちの生徒も結構来ているところだ。
寄り道におおらかな校風でよかった。
「……で、なに買うんだ?」
「うんっ、文房具買おうかな~って思って」
そう言って、由芽は女の子が好きそうなファンシーな文房具のある店に入った。
並んでいるボールペンの先には、動物だの、キャラクターだのの顔がつけてある。
正直、これを使うと書きにくいじゃなかろうかと思うのだが、無粋なことは口に出さない。
商品に目を輝かせる由芽は、まるで子供のように無邪気で純粋だ。そんな由芽のことは俺はやっぱり大好きである。
……その由芽が――鬼である可能性がある?
もし、そうだとして。由芽が鬼だとして、伊呂波はどうするつもりなんだ?
由芽に、危害を加えるのだろうか?
しかし、こんなふわふわした綿毛のような由芽が凶暴な鬼だなんて到底思えない。 俺が目撃した鬼とは、あまりにもかけ離れている。
「ね、ね、たろーちゃん、これなんてどうかな?」
由芽がニコニコしながら、俺にひとつのシャーペンを見せてくる。
「――っ!?」
思わず、俺はビクッと身体を震わせて絶句してしまった。
そこには、かわいくデフォルメされた鬼の顔があったのだから。
「?」
俺の反応を見て、由芽が小首を傾げる。
「どうしたの、たろーちゃん?」
「い、いや、なんでもない……。あ、あー、いいんじゃないか。二本の角がとってもチャーミングじゃないか、うん」
「うんっ、この角、かわいいよね♪」
由芽は、鬼シャーペンを気に入ったようだ。つぶらな目に、ぴょこんとした角、あどけなさの残る赤い顔……どっからどう見ても凶悪さの欠片も感じられない。
「由芽って、鬼が好きなのか?」
「うーん、普通だと思うよ? ネコさんとかも好きだし」
「そうか……」
まぁ、由芽の筆箱には、いっぱい動物の顔のついたシャーペンがあった気がするからな。あとは、部屋にもぬいぐるみがたくさんいた。
「今日は、この鬼さんを買うよ♪」
結局、由芽は鬼の顔のついたシャーペンをレジに持っていった。
「他に買うものは?」
「うん、特にないかな」
「じゃ、ちょっと喫茶店にでも入るか」
「うんっ♪」
俺と由芽は、ショッピングモール内にある喫茶店に入る。今までに何回か入ったことのある店だ。高校生の身としては金銭的に毎週来れる場所じゃないけど、今日は奮発だ。
「俺はアイスティー。由芽は?」
「わたしはアイスコーヒーにするよ♪」
了解。注文を済ませると、窓際の席についた。
「今日はお買い物付き合ってもらって、ありがとう♪」
由芽の顔を見ていると、なにかを思い出しそうな気がする――それが、なにかはわからないまま。
「ね、伊呂波ちゃんは……最近どう?」
「え? 伊呂波? あ、ああ……」
そういや、由芽と伊呂波が話さなくなってけっこう立つ。
しかし、ここで伊呂波のことを話すのは気が引ける。
というか、正直に言えるわけがなかった。鬼を倒すために、仲間を集めて……今もおそらくは河原のあたりでみんなで鬼と戦っているのかもしれない。
「……まぁ、いろいろと忙しいみたいだな」
「そう……」
由芽の表情に、落胆というか、寂しさのようなものが浮かぶ。
子供の頃は、俺達三人で遊び回っていたことだってあった。
中学になってからも、このショッピングモールに来たことも何度かあった。
「あいつも気難しい性格になっちまったからな……」
「でも、女の子って、いろいろと難しいから……」
「まぁ、たしかに難しいな……」
アイスティーをストローで吸い込みながら、伊呂波のことを考える。
やっぱり……桃太郎だ鬼だという話を由芽にするのはやめたほうがいい気がするな。混乱させるだけだろう。そもそも、信じてもらえないだろうし。
その後は、学校でのことや今度のテストのことなど他愛のない話をして過ごした。
「……それじゃ、そろそろ出るか」
「うんっ」
喫茶店を出た頃には、すっかり日も暮れていた。ついつい話しすぎた。
俺と由芽は並んで家までの道を歩いてゆく。
距離にして徒歩十五分くらいだ。
「……ね、たろーちゃん?」
ショッピングモールを出たところで、由芽はこちらの顔を覗き込む。
「ん? なんだ?」
「手、つなごっか♪」
「え? あっ」
由芽は俺の返事を待つことなく、こちらの左手に指を絡めてきた。
子供の頃とは意味が違う。この年になってから指を繋ぐことはとても気恥ずかしい。そして、由芽の細い指の感触にドキドキしてしまう。
「昔は、よく手をつないだよね?」
「あ、ああ……そ、そうだったっけかな……?」
「うんっ。いつもたろーちゃん、わたしの手を引いてくれたよ」
……そうだ。由芽はいつもとろくて、のんびりしていて、誰かが守ってやらないといけない――そんなふうに思っていた気がする。
「由芽は……あの頃と変わらないな」
やっぱり今でも、そばにいて守ってやらなきゃいけない――そういう気持ちになる。それが、自然な感情だ。
「……わたしは、変わらないよ。ずっと。たろーちゃんのことが好きだってことも」
ぽつり、と。
由芽は俺と指を絡めたまま俺の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
それはどこか、儚さを感じさせた。
「……俺だって、由芽のこと……好きだよ」
いつもは改まってこんなことを言わない。
でも、今日は……自然と、素直に由芽への想いを言葉にすることができた。
「えへへ♪ 今日のたろーちゃん、素直でいい子だね♪」
「な、なんだよ急に」
一テンポ遅れて、恥ずかしさが込み上げてきた。
きっと俺の顔は今、真っ赤だ。
「あはは♪ たろーちゃん、顔赤いよ?」
やっぱりか。でも、
「由芽だって、顔真っ赤だぞ?」
「えへへ♪ 一緒だね♪ あはは♪」
そう言って笑う由芽の瞳には、なぜか涙が浮かんでいた。
「……由芽?」
「ううん、なんでもないよ。ただの嬉し涙だから……♪」
「嬉し涙って……そんなに俺に好きって言われたことが嬉しいのか?」
「当たり前だよお……。ここのところ、たろーちゃん、なんかずっと考え事してたし……他に好きな子できたのかなって……」
「……ごめんな。なんか心配させちまったみたいで」
やっぱり十年以上一緒にいると、全てお見通しみたいだ。
由芽に涙を流させてしまったことに、物凄く申し訳ない気持ちになる。
「安心してくれ。俺は由芽のこと、これからも、ずっと――」
幼なじみを安心させようとした瞬間、俺は異変に気がついた――。
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