第11話「朝の登校・デートの約束・鬼捜し」

「なぁ、伊呂波」


 翌朝。食卓で伊呂波に訊ねてみることにした。


「俺は桃太郎に関する夢を毎日のように見てるんだが。お前も、見ているのか?」


 伊呂波は、俺のことを一瞥したあと、ぶっきらぼうに言う。


「夢は見てない。ただ、昔のことはおぼろげながら覚えてる」


 ふむ。俺の場合とは違うのか。こちらは記憶としては前世のことなんて何ひとつ覚えちゃいない。夢に出てきて、初めて知るパターンだ。


「にしても、なんでそんな夢見るんだろうな。俺は、転生じゃないんだろ、たぶん」

「そんなの、私が知るわけないじゃない」


 うむぅ、冷たいな、我が妹は。


 なんにしろ、これから伊呂波たちと一緒に鬼と戦うとして、俺だけ能力がないとか厳しいな。足手まといじゃないか。猿谷に助けられるとか嫌すぎる。


「俺も素振りでもしようかと思うんだ……そこで相談なんだが」

「ごちそうさま」


 伊呂波はメシをさっさと食べ終わると、部屋に行ってしまう。ちょっとぐらい兄の相談にも乗ってくれよと思う。せっかく身近に剣の達人がいるのに頼れないとは。


「まぁ、自分の身を守るぐらいはしないとな。あとで物置代わりに使ってる部屋から日本刀でも探しとくか」


 親父の趣味でわけのわからない刀が腐るほどあるからな。

 一本ぐらい使ってもかまわないだろう。


* * *


「ねぇねぇ、たろーちゃん♪」


 いつもの通学途中。今日の由芽はいつもに増して上機嫌だ。

 俺の右手に抱きついてくる。胸が思いっきりあたってる。


「な、なんだ? 由芽……」


 由芽は昔から積極的なスキンシップをしてくる。それも、狙ってやっているんじゃなくて、天然のなせるわざだ。おかげで、由芽の乳の柔らかさをかなり熟知してしまっている俺である。もちろん、服越しにだけど。


「今日の放課後、一緒にお買い物行こうよー♪」


 放課後? 伊呂波の奴が集まるとかなんとか言っていたが。まぁいいか。


「うん、いいぞ」

「えへへっ、たろーちゃん、ありがとー♪」


 そんなに嬉しがることだろうかと思うが、由芽はますます俺の腕に胸とか胸とか胸とか胸とか胸とか胸とか胸とか胸とか胸を押し付けてくる。


(いかん、頭の中が乳白色に染まっていく……!)


 これでは、猿谷の変態となんら変わらないじゃないか!


 しかし、俺は紳士だ。紳士たるもの、こんなことでみっともなく慌てない。

 心頭滅却すれば、おっぱいもただの脂肪にしか見えないはずだ。いや無理だ。


 その後も由芽にぴっとりと密着されてしまい心を乱されまくったが、どうにか持ちこたえた。


※ ※ ※ 


 昨日同様に由芽から弁当を食べさせてもらったあとで、伊呂波たちとの会議(?)が屋上で始まった。


 由芽は委員会があるので俺に弁当を食べさせると、そちらに行ってしまう。

 なので、今ここにいるのは俺達昨日のメンバーだけだ。


「まだ雉が揃わないけど、鬼を捜すことに決めたから」


 そう言って、伊呂波は俺達に紙を見せてくる。そこには……、


「なんだこりゃ……」


 この地域の鬼がつく苗字の人間の名前がリストアップされていた。

 由芽の名前もそこにあった。


「ふむ、鬼がつく苗字をしらみつぶしに探すということか」

「あっ、私の近所の人の名前もあります……」


 猿谷も犬子ちゃんも、伊呂波の突き出した紙を見て、それぞれの反応を示す。

 でも、だが、しかし。


「鬼を捜して、どうするんだ? まさか全員と戦うつもりか?」


 そもそも。


「……鬼っていうのは、本当に全員悪者なのか?」

「はあ!?」


 伊呂波は素っ頓狂な声を上げると、俺に対してゴミを見るような目を向けてくる。


「当然、鬼は悪よ! それ以外にありえない! なにアホなこと言ってんのよ!」

「そ……そうか」


 そう決めつけることに、どうしても抵抗がある。なにか本能が訴えかけている。

 ……まぁ、ここは口を挟む場面でもないか。伊呂波は、再び話を続ける。

「ともかく、鬼を捜す方法は考え中。こちらが嗅ぎ回ってることを知られるのは得策じゃない」

「じゃあ、このリストはどうやって手に入れたんだ?」

「夜中に市役所や学校の職員室に侵入」

「そうか。なら、よく……ねえ!」


 相変わらずフリーダムな妹だった。一歩間違えば逮捕される。


「正義のためには全てが許されるんだから、いいの!」


 自信満々に、ひどいことを言う我が妹。

 正直、育て方を間違ってしまったと言わざるをえない。


「……まぁ、いいか……」


 気がついたときには、手遅れだった。

 兄の言葉はいつだって妹に届かないものなのだ。


「ああ、そうだ……。今日は俺、放課後、用があるから」


 由芽とお買い物タイムだ。たまには息抜きも必要だろう。

 ここのところ伊呂波にかかりっきりだったし。


「貴様、まさか由芽ちゃんとデートじゃなかろうな!?」


 こんなときだけ無駄に鋭いな、猿谷。


「ノーコメントだ。お前に話す義務はない」

「くっ、この裏切り者め……!」


 なんとでも言うがいい。


「ま、あんたは別にいなくてもいいし。犬子ちゃんと猿谷先輩は河原でまた実戦練習。あのあたり、鬼が出やすいみたいだから」

「はっ、はいっ! がんばりますっ!」

「ククク……さっそく、持て余したリビドーを発散する機会到来か!」


 一人だけ蚊帳の外で、ちょっぴり寂しい気もするが、今の俺じゃ鬼になんて太刀打ちできないしな。

 なんの力もない凡人は凡人らしく、平凡な青春を謳歌するとしよう。

 今朝の積極的すぎる由芽に違和感はあるが……。

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