第8話「妹電波全開&犬子ちゃんの魔法」

 俺たちは学校からやや離れた、県道沿いのファミレスに移動した。

 伊呂波はかいつまんで事情を話し始めたわけだが――


「……というわけ! だから、今も現代に跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する魑魅魍魎(ちみもうりょう)を桃太郎たちの生まれ変わりである私たちが征伐しなきゃいけないの!」


 伊呂波の話は相変わらず電波だった。俺が勧誘される側なら即刻ファミレスから全力ダッシュで逃走するレベルだ。新興宗教も裸足で逃げ出す意味不明さだろう。


 だがしかし。

 先ほどの慌てぶりと打って変わって、犬子ちゃんは神妙な顔つきだった。


「話は、わかりました……。実は犬子、ここのところ変な夢を見ていたんです」


 ……夢? まさか。


「……誰かに追われていて、怖くて怖くて仕方ないんです。……村から逃げなきゃ、誰かに助けてもらわなきゃって、そうしないと私も殺されちゃう……ずっとそう繰り返しながら……泣きながら逃げてるんです……」


 犬子ちゃんは、その夢を思い出しているのか、泣きそうな表情になっていた。

 よほど怖い夢なのだろう。


「その夢が三ヶ月ぐらい、ずっと続いているんです。夢を見るたびに、なにかしなきゃいけない気がしてきて……でも、それがなんだかわからなくて」


 伊呂波は腕を組んで犬子ちゃんの話を聞いていたが、話が終わるととともに口を開いた。


「そのやらなきゃいけないことが、鬼と戦うことなのよ!」


 そうは言うが、その夢を直接鬼と戦うってことに結びつけることができるのか?  伊呂波のように、刀から変な波動出せるとか不思議な力があるならわかるが……。


「ね、犬子ちゃん。使える『力』あるんでしょ?」

「はわっ――!?」


 伊呂波が訊ねると、犬子ちゃんは驚いたように跳びはねる。


「な……なんでそのことを知ってるんですか?」

「きびだんごに反応するっていうことは、そういうことだから。……ね、どんな力が使えるの?」

「そ、それは……」


 犬子ちゃんが口ごもる。こんな非力そうで、小学生並みの体型である犬子ちゃんが、剣を振り回すとかは想像できない。犬子ちゃんにはどんな力があるというのか。


「その…………魔法が使えます」


 犬子ちゃんの答えを聞いて、俺の目は点になった。


「魔法って、……えっ? 魔法?」

「はっ、はぃ……その……手から炎とか出せちゃいます」


 伊呂波の時も驚いたが、それ以上だった。

 手から炎? 本当にそんなことできるのか? あまりに非科学的だ。


「ある日、魔法が使えるような気がして……庭で『えいっ!』て、手のひらを突き出したら、本当に炎が出ちゃいました……」

「そ、そうか……」


 世の中、不思議なことだらけだな。それで済ましていいかどうかは、この際、置いておくとして。


「ちなみに僕の能力はこの身体能力だ!」


 そう言いながら、猿谷が無駄に力瘤を見せつけてくる。まぁ、さっきありえない高さまで跳躍して、きびだんごを口でキャッチしてたもんな。帰宅部にもかかわらず、体育ではいつも大活躍しまくってたし。


「それじゃあ、お前も夢を見ているのか?」


 俺が訊ねると、珍しく猿谷の顔が神妙なものになる。


「ああ。主に森林や山でゲリラ活動をしている夢を見るな……」

「なんだそりゃ」


 こいつだけ、ちょっとズレている気がするが……。


「とにかく、まずは二人の力を見せてもらうから! さっさと出るわよ!」


 まさか、ファミレスで異能力を発動するわけにもいかない。

 俺たちは手をつけていなかったサンドイッチを手早く平らげると、店を出た。


* * *


 やって来たのは草がぼーぼー生えている河川敷。ひと気はない。


「それじゃあ、犬子ちゃん……あなたの力を見せて」

「は、はぃ……」


 犬子ちゃんは緊張の面持ちで、俺たちからちょっと離れた位置に立つ。そして、


「えぇいっ!」


 気合いもろとも、手のひらを突き出す。

 次の瞬間――ぼおおおおおおおおおおおっ! と、手から炎が三メートルほど噴き出した。


「うわぁ……」


 マジだ。マジだった。マジで手から炎が出ちゃってる……。


「他の魔法は?」

「え、ええと……ゆきだるまっ!」


 伊呂波に促されて、犬子ちゃんは次の魔法を行使する。

 犬子ちゃんが唱えた途端、頭上から物凄い勢いで巨大な雪だるまが降ってきた。


「ぐぶぁおぶ!?」


 もろに猿谷に直撃した。


「ああっ! ごめんなさい! わざとじゃないですっ!」


 慌てて犬子ちゃんが、雪だるまの下敷きになった猿谷に駆け寄る。


「ふっ……僕の身体能力を持ってしても避けられないとはな。油断したよ」


 無意味に爽やかな笑顔を浮かべながら、雪まみれの猿谷は起き上がる。

 そして、両手をワキワキさせながら犬子ちゃんの胸に向かって伸ばした。


「おっぱいを揉ませてくれたら、水に流そう」

「お、お断りですー!」


 犬子ちゃんは、犬歯を露にして怒る。

 これが犬猿の仲ってやつか。

 いや、猿谷がただの変態なだけだな。


 まぁ、なにはともあれ、犬子ちゃんが言っていた魔法が本当なのはわかった。

 

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