第7話「まじかる☆きびだんご」
「……あぁ……やっぱり、きびだんご……♪ きびだんごがあるでふ……♪ くんくん……あっ! あふぅぅっ♪ あんんっ、あふぁっ……☆」
きびだんごを嗅いで、放送禁止レベルの表情を見せる制服幼女。
……まずい。色々な意味でマズい!
「いっ、伊呂波……」
「そこだぁあああああああああっ!」
伊呂波は手に持った糸を勢いよく引っ張って、ザルを支えていた棒を取っ払う。
次の瞬間――大型のザルが制服幼女に覆いかぶさった。
「はわわわわわわーーーーーっ!?」
正気に戻ったのか、罠の中の制服幼女が慌てる声が聞こえた。
「ど、どうするんだよ、伊呂波?」
「決まってるでしょ! 仲間に加える!」
伊呂波は大股で罠のところまでズカズカと歩いてゆき、両手で上からザルを押さえつけた。そして、
「命が惜しかったら、私の仲間になりなさいっ!」
仲間に加えるとか言っておきながら、いきなり脅迫した!
「ちょっ、ちょっと待て! 本当にそんなやり方でいいのかお前は!? というかそれ絶対に間違ってるだろ!」
さすがにツッこまざるをえない。どこの世界にこんな無茶苦茶な仲間の作り方がある。少なくとも、正義の味方でも桃太郎でもないだろう。
「はわわわわわわーーー! 暗いですー! 狭いですー! 怖いですー! うわーん! ぎゃーん! 助けてくださいーーー!」
ザルの中からは悲鳴があがっている。ついでにかなり暴れている。
「ほら、仲間になるなら、助けてあげるから! イエスかノーか!」
「ひーん! な、なにがなんだかわからないですけど、はいですイエスですー! お願いですから、出してくださいー! 暗いのと狭いの苦手なんですー!」
「よろしい!」
伊呂波はザルを手に取ると、向こうへ勢いよく放り投げた。
そして、中から現れたのは、服がかなり乱れた制服幼女だった。
ヘソとか、太ももとかすっごい露になっていて目のやり場に困る。髪はボサボサで、涙目だ。目のやりどころに困る。
「ううっ、ひっく……えぐっ……怖かったですよぉ~……な、なんで犬子(いぬこ)がこんな目に遭うんですか~……」
「それは……一年二組、犬猫(いぬねこ)犬子……あなたが私の犬だからよ!」
「ふえっ?」
制服幼女は涙目になりながら、伊呂波を見上げる。
「もうとっくに記憶がなくなっちゃってるだろうけど……犬子ちゃんは私の犬。きびだんごで結ばれた永遠の仲間なのよ! ほらっ!」
伊呂波が別のきびだんごを手のひらに乗せて差し出すと制服合法幼女犬子ちゃんの表情が恍惚としたものに変わる。そして――、
「はぐっ! はぐはぐっ! はぁっ、はぁっ♪ はぁぁぁあぁあっ☆」
伊呂波の手から物凄い勢いできびだんごを食べ始めた。
そして、また放送禁止レベルの表情を晒していた……。
「い、伊呂波……このきびだんごの成分はなんなんだ? なんか尋常じゃない食いつき具合だし、表情がヤバいんだが……」
「企業秘密」
伊呂波は犬子ちゃんの頭を撫でながら、答える。
「いや……違法な薬物とか使ってないよな?」
「法律的に問題ないし、人体にも悪影響もないから。これは、普通の人が食べても、まったく効果がないし、おいしくない。桃太郎と縁がある人間にとってだけ美味しく感じる魔法の食べ物だから」
普通に影響ありそうに見えるのだが……この件を追及するのは怖いのでスルーしとこう。ほかの疑問点を訊ねることにした。
「なんか、おまえ、この子の名前知ってたようだが……どういうことだ」
「苗字に犬がつく人物を、あらかじめリストアップしといたから」
「そうか……」
そんな単純なものなのか……。
「はれっ……? え、えっと、ここは……? ふええっ? はわわっ! 犬子なんでこんなところで知らない人に頭撫でられてるんですかっ!?」
きびだんごの効果(?)が切れたのか、犬子ちゃんが混乱し始める。
「いい? 犬子ちゃん。あなたは犬。私の忠実な犬なの。そして、あなたの役目は鬼を抹殺することよ!」
いきなり物騒なことを吹き込み始める伊呂波。たいがい電波だ。
「お、鬼……? うう……な、なんなんでしょう。この本能を刺激して止(や)まない……嫌な響きは」
「思い出して、犬子ちゃん。あなたは前世では勇猛果敢そのものだったんだから」
「いや、お前……いきなり鬼とか抹殺とか……」
と、俺が二人の会話を取り持とうとしたときだった。
「うぬあああああああああああああああああああああああああああああああああ! 性欲を持てあますうううううううううううううううううううううううううううッ!」
突然、リビドー全開の聞きたくない雄叫びが響いて、俺は振り向いた。
そこにいたのは……猿谷のアホだった。
「来た! あいつが猿!」
伊呂波は新たなきびだんごを手に掴むと、空へ向かって勢いよく放り投げた。
「青春の滾りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーッ!」
訳のわからないことを絶叫しながら猿谷は跳躍する。
信じられないことに、十メートルぐらいの高さを飛んでいた。
そして、空中できびだんごを口でキャッチするとなぜか体操選手のように回転とひねりをいくつも加えながら、見事に着地する。
「んごくっ! 美味(びみ)!」
猿谷は目を血走らせながら、きびだんごを丸呑みする。
いつもの五割り増しでヤバイ奴に見える。というか、なんだ今の身体能力は。
「伊呂波……まさか、あの変態も仲間だっていうのか……?」
「残念ながら、そう」
うん、やっぱり伊呂波もそう思うか。俺も同感だ。残念極まりない。
「ふははは! ついに僕の力が必要になったみたいだな! 僕はずっと気付いていたよ! 伊呂波ちゃんが桃太郎の転生であることを!」
「なっ!? そうだったのか!」
こいつが妙に俺に絡んで伊呂波の様子を聞きたがっていたのは理由があってのことだったのか!?
「あぁーっ!? こ、この人っ! 犬子に付きまとってた変態さんじゃないですかぁっ!」
そして、犬子ちゃんは猿谷を見て、驚いたような声を上げる。
「ふっ、失敬な。仲間同士、友好を深めようとしていただけだはないかっ! さあ、犬子くん、僕と一緒に青春のリビドーを発射しようじゃないか!」
「お、お断りですー!」
犬子ちゃんは、犬歯を露わにして拒絶する。そりゃ、こんな変態に言い寄られたらなぁ。俺が女だったら即警察に通報しているところだ。
「で、あとは……雉なのか?」
「残念だけど……雉の苗字を持つ生徒は発見できなかった」
まぁ、雉のつく姓なんて滅多に見ないからな。犬とか猿も珍しいだろうが、それ以上のレアキャラだろう。
「……で、これから、どうするんだ?」
仲間を集めたところで一体どうするって言うんだ。
まさかこれから鬼ヶ島に行くだなんて言わないだろうな?
「決まってるじゃない。鬼を捜し出して皆殺しにする」
「相変わらず物騒な……そもそも犬子ちゃんや猿谷も戦わせるっていうのか?」
きびだんごで釣っただけで命がけで鬼と戦ってくれるわきゃないだろう。伊呂波のような剣道の達人というわけでもないし。
しかし、伊呂波はそんなものには一切斟酌しないようだった。
猿谷と犬子ちゃんのほうを向くと、轟然と言い放つ。
「そういうわけで、あなたたちは私の家来だから!」
「ふええぇ!? な、なんなんですかその扱い! って、まだよく意味がわかってないというか、正直、ついていけてません!」
犬子ちゃんの抗議はもっともだ。俺だって、伊呂波の電波っぷりにはついていけない。こいつには常識が通用しなさすぎる。
「……そんな、お前、いきなり鬼と戦うことを強制させるわけにはいかんだろ……? 初対面でいきなり家来になって戦えって、そりゃ、あんまりだ」
一応は伊呂波側である俺も、こんな無茶なことを犬子ちゃんに強制できない。
猿谷のアホは別として、こんな弱そうな制服幼女を戦わせるだなんて無理がある。
「まぁまぁまぁ。諸君、まずは親睦会を開こうではないか!」
なぜか猿谷が爽やかな笑みを浮かべて場を仕切り始める。
まぁ、猿谷は色々と知ってるみたいだが。
「どうする? 伊呂波」
再び、我が妹に振る。俺に主体性などない。
というか、鬼と戦うことについては気が進まないのだ。
それこそ本能的に、鬼と戦ってはいけない気がしている。
「仕方ない。それじゃ、まずはファミレスで事情を話すことにするわ!」
伊呂波も自分の性急さを少しは反省したようだ。
まずは、落ち着いた場所で話をすることになった。
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